恨み晴らされる

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銀座、高級クラブ、エレベーターが止まらない四階。五階へつながる階段の下には物置でもあるのかと思えるような背の低い扉があって、そこには占い師がいると噂されている。三階や五階には扉が開くのを待機してるんだろうと思われる「客」が、あっちを見てたりこっちを見てたり、ソワソワと顔を隠してぶらぶらしている姿をよく見かける。トイレに行ったついでにふらりと扉に近寄って、思い切ってその古めかしいドアノブを廻してみると難なく扉が空いた。頬被をした小柄な婆さんがテーブルの向こう側に座ってる。オレを手招きで呼ぶ。背を屈ませて扉をくぐり、椅子も小さくって窮屈だけれど、小さなテーブル越しに向かい合わせに座ってやる。 「肩、重いだろう?」 婆さんはテーブルの上には確かになにもないのにカードをめくるような動作を続け、顔はどこを見てるんだかわからないけれどそう言った。しかも確かに、ここんとこ妙に両肩が重い。 「女の霊が見える。よっぽど悪いことでも、したんだねぇ。」 「ワルイコト…っつーか、うん、まぁ、なんにもなかったなんてことはないけどな。」 「悪い男だねぇ。」 そりゃまぁなぁ。江里子には感謝してる。アイツと結婚したのは金だけが目的だった。金をくれる間は一緒にいてやっていいと思っていたけれど、アイツの親父が遺した遺産は一〇億を越えてるって分かって、しかも母親もすでに他界してるし、アイツ一人っ子だったし、アイツがいなくなったらそれを丸っとオレがもらえるって分かったから、アイツにはもう用がないって気づいた。だから始末した。それだけのことだった。 こういうことはプロに頼むに限るんだよな、やっぱり。多少のお金はかかっても、残りはガッチリ、全部オレの手元に残るんだからさ、確実な方法で自分の手は汚さずにやってもらうことにしたよ。 証拠もなんにもない上に、実際オレがやった訳じゃないからさ、悪びれる必要もないんだ。 金があるってことはどんなに幸せで、やりたいことをやりたいだけ、やりたい放題にやれるってことが、どんなに幸せでどんなに飽き足りないことか、お前たちにも教えてあげたいくらいの幸せをオレはいま満喫している。 分けてやってもいいんだけどさ、折角だから分けずにいるよ。もそっとでも、オレ自身が楽しませてもらうよ。 「悪い男」だって?上等だよ。嬉しいじゃないか。これ以上の褒め言葉はいまのオレにはないだろうさ。 「で、婆さん、どうよ。オレ、この先もっと悪くなれんのか?もっと金が入って、いま以上に遊べんのか?」 「好きだねぇ、お前も。でも…」 「でも、なんだよ。」 「あんたはもうここで終わりだよ。」 「はぁ?終わり?どういう意味だよ!」 「あんた、もう動けないだろ。」 そう言われると確かに動けなかった。小さめの椅子に座ったまま、小さな背もたれに背中をつけたままで身動きを取れなくなっていた。足は椅子の脚に沿ったまま、立ち上がることもできなくなっていた。両腕は小さなテーブルの上に置かれ、どんなに力を入れても放すことはできなかった。 だのに、背中はどんどんと重みを感じていて、オレはテーブルに対してどんどん傾いていった。両腕はテーブルに置かれたままだけど、ついにはテーブルに突っ伏してしまい、顔を上げることさえできなくなった。 「なんだよ、これ。婆さん、助けてくれよ。」 テーブルの上には確かになにもなかったはずなのに、カードみたいなものがあるようで、角が顔にあたったりして痛かった。頬に切り傷ができて流血したりもした。カードごとに熱かったり冷たかったり、カードから風が吹き出しているように感じられるものもあった。 「あんたに対するいろんな恨みがカードから発されてんのさ。」 オレはなんとか体制を変えようと身体を捻ってみようとしたけど、テーブルと椅子の間でなんとも身動きは取れなくなっていた。 「助けてくれえぇッ!」 痛みのあまりにオレは大声をあげた。婆さんは少し向こうで奇妙な笑みを浮かべている、頬被の下、その口元だけが見えた。 「思い知るがいい。」 あれ?オレはこれをどこかで聞いた。オレにこんなことを言ったヤツが前にもいた。そうだ。江里子だ。オレはこいつの脈が止まったのを確認したんだ。確かに鼓動が止まったことを確認しようと、かち割られた頭から流血して白目を向いていたコイツの首元に指を添えて、脈が止まっていることを確認しようと二本の指を首元に添えたその瞬間、江里子は顔を真っ赤にして口をかっ喰らうように開いて、まさに鬼のような顔をしてこう言った。 「思い知るがいい。」 あのとき、江里子の顔はその一瞬で青ざめ、血の気を引いて事切れたのがオレには分かった。 いま、このかっ喰らうように開かれた口からは、鋭い牙を光らせ、テーブルに突っ伏したままのオレの首元に噛み付いている。 この、鬼婆ぁ。
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