気が優しかったタクヤ君

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気が優しかったタクヤ君 道をはさんで向こう側三軒隣に住むタクヤ君は優しいおとこの子でした。ウチの娘美咲にとっては2歳上のお兄ちゃん。お互いの家を行き来して、美咲に遊び方のルールを教えてくれたり、近所のもう少し年上のやんちゃ坊主たちから、美咲を守ったりしてくれた、頼りがいあるおとこの子でした。タクヤ君が遊びに来てくれていると、母としても安心して任せられるという気がしていました。  しかしタクヤ君が3年生になる直前の3月、タクヤ君の家族は隣の市で新しく分譲され「希望ヶ丘」と名付けられた新興住宅地へと引っ越して行き、その後我が家とは疎遠になっていました。  ところで美咲が中学二年生時、県警がマークする暴走族『雷神』の構成メンバーに、タクヤ君と似た名前があると小耳にはさんだ5日後、地元の新聞がリーダーたちを逮捕する瞬間を写した写真を見て、「あぁ、これはタクヤ君やぁ~!」と娘と二人で涙を流した覚えがあります。モザイクがかけられていても分かったのは、美咲の思いからなのかもしれません。 タクヤ君は当時16歳。タクヤ君の伯父にあたる町内会長さんから聞いた話では、少年院に収監されてしまったとのこと。  その後我が家ではタクヤ君の話は一切口に出さなかったのですが、美咲が大学に入った年に、タクヤ君が結婚したとの話を町内会長さんから聞きました。そっか、やんちゃしてた子は、早く結婚するって言うからね…ワタシも美咲も、そしてタクヤ君をよくは思ってなかった主人も納得したのでした。  それから20年を経た年の瀬のある日、加齢のため役職を降りた「元」町内長さんから、「タクヤなぁ、41歳でおじいちゃんになったんよ」と聞かされました。え、おじいちゃんに!ちょっと早すぎるかも、でもいい話だなと思って聞いていると、元の町内会長さんは、「せやけどな、実家に寄り付かんらしいねんな」とのこと。なんでかな、孫の顔は両親には見せた方がいいのに…。ワタシは単純にそう思いました。「タクヤ君、親は大事にしたほうがいいわよ」って。あ、うちの娘の美咲はデザイナーの仕事が面白いからって、今も実家暮らしの独身。タクヤ君の行動をどうを思っても、娘がこんな風では、結婚についてどうのこうの、ましてや孫の顔を見せろなど何も言える立場じゃあありませんね…  タクヤ君の近況を聞いてから8か月。縁側で蚊取り線香をつけながら団扇(うちわ)で涼んでいたワタシのところへ、先の町内会長さんがやってきて手に持った缶ビールを一気飲みして言うには… 「あ、タクヤやけどな。この間じいちゃんになった言うたやろ。せやけど2か月前にな、『おばあちゃん』になってんな」…その後元町内会長は号泣。元町内会長の息子さんが、ドレスアップした軽自動車にタクヤ君らしき人物が短いスカートで乗り込むところを見かけ、もしかしたら…と声をかけてみたら彼、もとい。『彼女』本人だったんですって。その日のうちに勤める地元のスナックで、その格好のままのタクヤ君に接遇されたよう。そこで性転換手術を受けたとの話も聴いたとのこと。なんでもくらい照明の下でタクヤ嬢を見ると、妖艶な感じがする。もしかしたら『彼女』の影には太い尻尾があるんじゃないかと疑いたくなりながらお酌を受けていたんですって。そう、キツネに化かされているのかもって意味よね。 涙声の元町内会長さん、「ビール冷えてたら飲ましてもらえないか」って言うんでお出ししたら、縁側で泣きながら大瓶3本飲んで酔いつぶれてしまった。そんな元町内会長さんを見ながら、ワタシも飲みたくなって、優しかったタクヤ君、会うことはなかったけどやんちゃしてたタクヤ君に思いを寄せながら缶チューハイを飲んでた… …ん?ということは…タクヤ君のお孫さんからみると、『血のつながったおばあちゃん』が3人いるということになるわけ?じゃあ今後お孫さんの心の置き場所はどうなるんだろう…ワタシはこの着地点のない気持ちをどう処理をしていいかわからないでいる中、帰宅した美咲にタクヤ嬢のことを口にしたのでした。
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