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第1章 始まりの章 第10話 始まりの街で呼び止められた
なんとか平穏な日々を取り戻したのはいいが、前以上に何もする気が起こらなかった。ストラトス家の本は粗方読み終えてしまった。街には図書館のような場所もあるようだが出かけるのが億劫だ。
さすがにゼノンへの異世界話もネタが尽きて来ていた。元々仕事人間で趣味もなければ得意なこともない。政治経済にもあまり詳しくない。それで領主の期待には到底沿えるはずが無かった。
「コータロー様、最近お太りになられたのではありませんか?」
シノンが歯に衣着せず指摘する。
「そうかな?こんなもんだったろ?」
実際には多分10キロは太っていたはずだ。腹が元々少し出ていたのだが、今は結構摘まめる。
「全くお出かけにならないのですから当り前ですよね。」
「厳しいな、シノンは。俺にだけ厳しくないか?」
「このお屋敷で怠けているのがコータロー様だけですから仕方ありません。ご自覚はないのですか?」
「あるよ。でも俺が出かけると厄介ごとを持ち込んできそうだし、屋敷のことはジョシュアが全部取り仕切っているから俺の出る幕はないじゃないか。で、こうしてだらけているしかない、って訳さ。」
単なるいい訳だった。やることなど本当ならいくらでもある。
「でも本当に少しは運動でもなさらないと弱ってしまいますよ。」
正論だった。最近立つのも少し面倒になってきている。これはマズい。
「わかったよ。じゃあ、散歩でも言って来るかな。」
西街にさえ近づかなければ、そうそう危険なことに巻き込まれることもないだろう。
一応外出着に着替えて屋敷を出ようとするとジョシュアを見つけた。
「ジョシュア、散歩に行くけど一緒に出ないか?」
本当にはそんな気はないのだが誘ってみた。来るとも思っていない。
「行く訳ないだろう。あんたと違ってこちっちは忙しいんだ、俺を巻き込まないでくれ。」
まあ、予想通りの反応だ。こいつはもしかしたら読み易いのかも知れない。
「そうか、残念だな。では一人で行ってくるか。」
「どこかで野垂れ死んでくれてもいいぞ。」
「うんうん、できたらそうしてみるよ。」
呆気に取られた顔で見送るジョシュアを後にして俺は屋敷を出た。
「南街あたりの店でも散策するかな。」
様々な商店が並ぶ界隈に着いた。売っているものは屋台では食べ物が多い。店をちゃんと構えているところでは武具やアクセサリー、洋服なんかも売っている。
本屋と言うものはなかった。本はやはり貴重で貴族のお屋敷に所蔵されているのがほとんどだった。一応図書館などもあるにはあるが一般人は利用できないようだ。
俺は適当に屋台の店主を揶揄いながら散歩を楽しんでいた。一日八千歩歩けと会社から言われていたが、休みの日にウォーキングをしている他は達成できていなかった。元々健康にはあまり興味がない。それは自分の人生に興味がないことと同意だった。
そんな時だった。店と店の間の路地にキラリと光るものがあった。何かが反射したようだ。刃物か。これは近づかない方がよさそうだ。そう思って急ぎ足で立ち去ろうとした、まさにその時だった。
「お助けください。」
路地から女の子が出て来た。マズい、巻き込まれる。俺は周囲を見渡した。店主たちはそれぞれ別の方向を見ている。こちらを見ようとしないのだ。見て見ぬふりをする、それか彼らの処世術だった。本来俺もそれで行くはずだったのだが、絶妙なタイミングで女の子が飛び出して来たのだ。何か俺が近づくのを見計らっていたかののようだ。もしかしたら、そうなのか?
無視することも難しい状況で、仕方なく俺は聞いた。
「どうしましたか?」
「助けてください、追われているのです。」
追手は俺が居るからか路地から出てこないようだ。俺を警戒しているのだろうか。実はそんなに警戒する必要はない。俺には対抗する術はないのだ。
「そうですか。とりあえずこちらへ。」
俺は彼女を連れて、その場を離れた。さて、どうしたものか。なんだ、俺は歩くだけで災難を呼び寄せる体質になってしまったのか。
「私の屋敷に行きましょう。」
俺はゼノンの屋敷に連れて行くことにした。ゼノンが居る筈のケルン守護隊詰所でも良かったのだが、事情を聞いてみないと、それがダメな時もあるかもしれない。ただ、そんな場合はゼノンに迷惑を掛けかねないので屋敷に連れて行くのも問題なのだが。
屋敷に着くとすぐにジョシュアが出て来た。
「その子、どうした?また、何か巻き込まれてきたのか。お前は本当に出かけない方がいいのかも知れんな。」
「犯人の一人がよく言う。」
「犯人って言うな。」
「じゃあ、主犯格?」
「おい。」
ジョシュアを揶揄うのが最近の俺の楽しみの一つになっている。
「あの。」
見かねて女の子が口を挟む。自分が放って置かれている状況に耐えかねたのだ。
「ああ、ごめん、とりあえず中へ。そこで事情を教えてくれるかい?」
三人は屋敷に入ったが俺は一応誰かが追ってきてはいないかを確認していた。途中までは遠巻きに付いてきていた人影はあった。貴族の屋敷が建ち並ぶあたりに入って来てからは一応誰もついては来ていないようだったが、もしかしたらこの屋敷は見つかってしまっているかも知れない。用心に越したことはない。
「あら、コータロー様、こちらのお嬢様は?」
直ぐにサラに咎められた。不用意に見知らぬ人を連れてこられては困るのだ。
「まだよく判らないんだ、事情を聞いてから考えるから。」
サラの冷たい視線を受けながら俺はその子とジョシュアを連れて応接室に入った。
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