第1章 始まりの章 第2話 始まりの街で捕まってみた

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第1章 始まりの章 第2話 始まりの街で捕まってみた

 街に書いてある看板は何一つ読めない。街の人が話す言葉も何一つ理解できない。つまり意思疎通の手段が身振り手振りしかないということだ。  服装も俺は普通のグレーのスーツの上下に白いカッターシャツ、肌着にヒートテック、グレーの靴下に黒い合皮の靴。街の人は生成りのシャツに少しダブついたパンツのようなもの。靴下は履いておらずに靴は何かを編んで作ったもののようだ。俺の恰好は違和感しかなかった。  街は中世ヨーロッパの様相だった。ありがちだ。石畳の道、レンガや石造りの建物。街全体を城壁が囲んでおり、街そのものの大きさはそれほどではなかった。中心に少し大きな建物。この地方の領主の御屋敷、というところか。  とりあえず恰好はどうしようもないので情報収集のためそのままで街をあちこち歩くことにした。誰かが声を掛けてくると、そこから何かが始まるかもしれない。  街を東西に走る大通りには少し大きなお屋敷があった。貴族や領主の臣下たちのものだろうか。南に延びる通りには様々な商店のような建物。中の様子は大きな窓が無いのであまり判らなかった。看板が読めれば何の店か判るだろう。  少し大きな通りを外れると、お世辞にも綺麗とは言えない薄暗い通りになる。裏通りがこんな感じなのは何処でも一緒だろう。  やはり全く文字は読めないし人々が話す内容は理解できない。異世界転生なんて、このあたりの辻褄はちゃんと最初に合わせてくれているんじゃないのか。これでは言葉を覚えるだけで何年もかかりそうだった。歳が歳だ、いまから言語を覚えろ、なんて拷問でしかない。  大通りに戻ると、恰好が恰好なのでみんな奇異な目で見てくる。ただ話しかけては来ない。なにか怖がっているようだった。それはそうだろう。自分たちとは全く違う変な服装をしている人間と親しくしたいやつ何て普通は居ない。俺でも避けて通るに違いない。  これはどうも街の治安を預かる組織、衛兵のような者が来て連れて行かれるパターンではなかろうか。セオリーが全く判らない。RPGとか異世界転生物の小説をもっと読んでおけばよかったか。まあ、その通り行くとも限らないのだが。  それにしても全く何も起こらない。ゲームならチュートリアルのイベントがバグか何かで発生しない、というところか。自由度があり過ぎて何をしたらいいか判らないパターンかも。魔王を倒すゲームで毎日毎日釣りばっかりしていてもなぁ、と言う感じか。  駄目だ、思考が支離滅裂になってきている。大通りと裏通りを行ったり来たりしているが、何も起こらないし誰ともぶつかったりしない。自分から話しかけないと駄目なのか。日本語で?それとも無理やりイベントを発生させるために市場で果物でも盗んでみるか。  さっき通った時見てみたがリンゴやみかんなど見知った果物が並んでいた。食べ物は違いはあまりないようだ。死ぬとき日本では10月だったので季節も違いが無いのかも知れない。日本のように四季があるといいな。 夕暮れになっても何も起こらない。さて、どうしたものか。腹も減って来た。泊る所もない。異世界に送った責任者、出て来てほしい。閻魔小百合たったか。悪口を言ったら出てこないかな。 「おい、閻魔小百合、ミスばっかりしやがって、嫁の貰い手が無いぞ。」  なんの手応えもない。 「何も読めない、何も聞き取れない、何の能力もない、誰も話しかけて来ない、どうしろっていうんだ。」  やはり、なんの手応えもない。  ステイタスとかを見る方法も判らない。そういう種類の世界じゃないのか?魔法はある、と言っていたはずだから、やはり修行とかで様々な魔法を覚えないとどうしようもない、ってことか。  剣の修行も必要か。剣道は昔齧ったことはあるが真剣での剣法と竹刀での剣道は多分全然違う。勿論人を切ったことなどない。年齢的にも身体が全然動かないだろう。そもそも異世界転生なら若くなったりしないのか?見た目も中身のそのままに何の能力も無しに転生させるなんて酷過ぎる。 「まずいな。本当に暗くなってきた。」  どうも独り言が多くなっているようだ。元々少し、ほんの少しは独り言が多いタイプだったのは確かだが。  俺の基本スペックは58歳、中肉中背。具体的には175cm、65キロから70キロの間を行ったり来たり。目は老眼・乱視・近視でコンタクトではなく眼鏡だ。髪は黒色短髪、あと、そうだな、うん、特筆すべきことは皆無。  高卒で地元不動産業に勤めてあと2年で定年だった。まあ、再雇用で給料が下がってそのまま勤務みたいなところだ。  独身、勿論子無し。結婚経験もない。死んだときには彼女も居なかった。親兄弟もなかったので、まあ天涯孤独ってやつかな。俺が死んでも会社も含めてあまり困る人はいない。借りているアパートの大家さんくらいか。自社で管理していた賃貸アパートなので後始末は大丈夫だろう。多分事故死(覚えていないので確定ではないが)なので孤独死とかで迷惑を掛けたようなこともないだろう。退職金で豪遊もできなかったな。  色々と取り留めもなく考えていると段々自分の死が現実的に思えて来た。 「そうか、俺は死んだんだな。」  最後に会っておきたかった人は、まあ居ないこともなかったが、それだけが心残りか。相手にとっては迷惑だろうから、会えなかったことも良しとしよう。 「死んでも転生したら腹は減るんだなぁ。どうしたものか。やはりどこかで食べ物を強奪してイベントを強制的に発生させるしかないのか。」  暗くなって店が閉まる前に決断しないといけない。捕まれば少なくとも眠る場所は確保できるはずだ。上手く行けば食事も確保できるだろう。  俺は通りに戻って何やら美味そうな臭いがしている屋台に近づいた。関西でいうイカ焼きのようなものだろうか。 「おやじ、美味そうだな。俺に食べさせてくれないか。」  一応日本語で話しかけたてみた。相手は不思議そうな顔で判らない言葉を早口で捲し立てる。一応断ったので俺は無造作にイカ焼きのようなもの手づかみで食べてしまった。美味い。イカではないが何か海産物ってぽいものを玉子と小麦粉を溶いたもので包んで焼いてある。ソースのようなものも口に合う。良かった、普通に食べられるものには違いない。  店主は相変わらず大声で捲し立てている。言っている言葉は判らないが、言っている意味はなんとなく分かる。多分金を払えと言っているのだ。悪い、おやじさん、金はないし言葉も通じないんだ。  人が集まって来た。そろそろ警察機構のような存在の者が来るんじゃないかな。俺を捕まえて役所やもしかしたら牢屋とかに連れて行くんだ。暖かい寝床があるといいな。野宿は身体に応える。  集まっていた野次馬をかき分けて割と軽めの鎧を付けて腰に剣をさした、いかにも中世の騎士の劣化版みたいな数人が現れた。やっとイベント発生だ。 「○▽◆○▲□★※※○。」  うん、何一つ判らない。  無言でいると両腕を掴まれて連行された。予定通りだ。さてさて、何が始まりますやら。いきなり死刑、とかもあるかもな。食い逃げは死刑、とかの法律がある世界かも知れないし。一度死んでいるんだ、特に怖くはない。むしろこの世界で今からずっと暮らしていく自信が無かった。  何やら大きめの屋敷に連れて来られた。中に入るとすぐに地下室に入れられた。何か言われたが、ここで待って居ろ、とかだろう。暫らく待っていると、先ほどの連行してくれた男たちの上司みたいな人が入って来た。 「□○▲※○■▽◇※。」  勿論何一つ判らない。 「日本語で言ってくれ、何一つ判らないよ。」  そこにいる全員が顔を見合って不思議そうにしている。こちらの言う事も通じていないようだ。  すると上司が他の者たちを部屋の外に出して俺と一対一になった。俺は特に拘束されてはいなかったので襲い掛かろうと思えば可能だったが、その気もその能力もなかった。 「なぜ日本語を話せる。」 「えっ?」 「なぜ日本語を話せるのだと聞いておるのだ。」 「にっ、日本語が話せるのか?」  ここかぁ、ここでご都合主義の展開が待っていたのかぁ。いきなり日本語が話せる人物の登場、そりゃそうだわ、でないと話が全く進まないものな。 「なぜ話せるのか、と聞いているのはこちらだ。」 「いや、それは日本人だから、としか言いようがない。」  相手はどうみても日本人ではない。ヨーロッパあたりの風体だ。髪は銀髪、目は蒼い。背丈は180を超えているだろう。歳は、そうだな三十代半ばというところか。 「本当に日本人なのか。そうか、本物の日本人とは初めて会ったぞ。名は何というのだ?」 「沢渡幸太郎だ。あんたは?」 「俺か、俺はゼノン、ゼノン・ストラトスだ。ここで騎士長をやっている。本当に異世界から来たのか?」 「異世界転生を知っているのか?」 「ああ、前に一度会ったことがある。そいつは合衆国出身と言っていた。」 「それで、何であんたは英語じゃなくて日本語が話せるんだ?」 「その男が日本語の教師だったからさ。英語よりもむしろ日本語の方が得意だと言っていた。その人から英語と日本語を習ったのだ。随分苦労したがな。英語よりも日本語は遥かに難しい。お前たち日本人は全員日本語を流暢に話すのだろうな。」 「それは当たり前だろう、日本人なんだから産まれてからずっと日本語の中で育ったからな。でも、ここで日本語を話せるのはゼノンだけなのか?」 「俺だけだろう、多分この国でも俺一人だ。」  うん、どうも展開は遅いようだ。
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