第1章 始まりの章 第6話 始まりの街でまた捕まってしまった

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第1章 始まりの章 第6話 始まりの街でまた捕まってしまった

 西街を歩いていると、やはりすれ違うのはやさぐれた人々が多い。家を持たずに奥まった路地などで勝手に寝ている類だ。痩せこけているし精気がない。俺もゼノンに拾われていなかったら、ここに同じように居たに違いない。ゼノン様様だ。  単なる好奇心で来てしまったが、あまり深入りすると危険な匂いしかしないので、ある程度で戻ることにした。西街の半分にも満たないところしか来ていない。もっと西に行くと、さらにスラム化している、という話だ。近づかないに越したことはない。 「おい。」  突然声を掛けられた。 (しまった、ちょっと長居しすぎたか。)  そう思ったが、既に遅い。あっという間に数人に囲まれてしまった。 「何か用か?」  風体はこの街の人間には見えない俺が珍しい、ということもあるのだろう。少し離れたところでにやにやしながら見学している輩も多かったが誰も助けようとはしてくれない。ただ面白がっているのだ。 「こんなところで何をしている。」 「何って、ただの散歩だけど。」 「お前、ここいらでは見かけない顔だな、どこから来た。」 「東街の方だよ。ゼノンって人に世話になっているんだ。」  ケルン守護隊の騎士長であるゼノンの名前がここいらで通用するのかどうか判らなかったが、頼るものはそれしかない。最初から切り札を切ってみた。 「ゼノンだと?ゼノン騎士長のことか。」 「多分そうじゃないかな。」  反応はあった。このままゼノンの名前だけで切り抜けられたら二度と西街には来ないでおこう。 「ここでゼノンの名前を出すとは、いい度胸だ。」  うむ、失敗だった。それも大失敗のようだ。出してはいけない名前だったのか。でもそれが唯一の札だ、切らざるを得ない。賭けに負けてしまったのか。賭けるのは何だろう? 「ゼノンは有名人なんだな。でも、俺に度胸なんて無いよ。」  揶揄うつもりはないが、どうしてもそういう口調になってしまう。ここの言葉に慣れていない所為もあったが、俺の生来の気質でもあった。 「ゼノンには仲間も大勢捕まった。俺も酷い目に遭ったことがある。ちょっと食べ物を盗んだだけなのに。」 「食べ物を盗むのは良くないことじゃないかな。」 「そんなことは判っているさ。でもここではそうしないと生きて行けない人間もいるんだ。定職にもつけず剣も魔法も使えない一般人は下働きでこき使われるか盗賊になるしかない。」 「じゃあ下働きをすればいいじゃないか。」  やはり俺はこういった交渉には向いていない。元の世界でもそうだった。不動産の開発をやっていたのだが地主や近隣の方を怒らせて大変なことになったことが何回もあった。嘘やおべんちゃらが苦手だからしょうがない。でも開発に関する知識や経験は社内で一番だったので置いてもらっていただけだ。それもあと少しで定年だったのにな。 「そう単純な問題ではない。俺たちは下働きですら受け入れてもらえないのだ。」 「なんだか、お前はちょっと物事が判るようだな。知識は無いが頭の回転はよさそうだ。どっかの御屋敷で働かせてもらえれば立派な使用人になれるのにな。」  相手はあっけにとられていた。何だか褒められている。そんな話になる予定ではない。ただこいつを身ぐるみ剥がして放り出すだけだ。ただゼノンには恨みがある。こいつ本人には何も恨みはないが腕の一本でも貰っておこうか。 「馬鹿を言うな。俺がそんなに立派なものか。ただの街の破落戸だぞ。」 「だから勿体ないって言ってるんだ。どうだ、俺がゼノンに頼んで屋敷で使ってもらえるようにしてやろうか。」  相手は直ぐに頭で考えて結論を出した。やはり回転は速い。 「そんな言葉にうかうかと乗るものか。お前はこの場を逃れる為に嘘を吐いているだけだ。」  うんうん、そのとおり。でもゼノンに紹介してもいい、というのは本当だ。伝わらないだろうが。 「嘘じゃないんだがな。まあいい、それで俺をどうするんだ?悪いが金目のものは持ち合わせて居ないぞ。居候の身なんでな。」 「お前が持っていないのならゼノンに払ってもらう。それだけだ。」 「人質というやつか。身代金なんてやっぱりこの世界でもあるもんだな。」 「つべこべ判らないことを言うな。手を後ろに回せ、縛り上げてくれる。」 「おいおい、痛いのは嫌だからちょっとは加減してくれよ。」  男たちはそう言われると意地になって俺を縛り上げる。典型的な逆効果という奴だ。まあ、これも性分なんで仕方ない。それにしても痛い。縄が粗末で、それが痛さを増している。貧乏ってこういうところにも表れるなんだな。 {とりあえずお前は俺たちのアジトに連れて行く。ゼノンには手紙を入れておこう。金を出してくれるといいがな。もし出さなかったらお前の命はそこまでだ、覚悟しておけよ。」  一度死んだ身だ、もう一回死んでも大差はないのかもしれない。でも一回目のことは覚えていないので、どうんな死に方だったのか自分では判らない。そういえば閻魔小百合に聞けばよかった。まあ。あいつことだから最早覚えていないことも十分に考えられるのだが。  今回此処で死ぬとしたらちゃんと自分で死に方を理解して死ぬことになるだろう。痛いのは嫌だな。一突きで即死がありがたい。痛みを感じないくらい一瞬でだ。まあ、ここの奴らにそんな腕があるとも思えなかったが。 「兄貴。」  さっき話していた奴は、やはりここのリーダー的存在のようだ。まともに話が出来るのが一人だけ、みたいな感じではあるが。そこに手紙を届けに行った二人のうち一人だけが戻って来たのだ。 「どうした、ザイの奴は一緒じゃなかったのか。」 「それがゼノンの屋敷に手紙を届けに行ったらザイはそこで捕まってしまいました。俺はなんとか逃げて来たんです。どうします?」 「さすがゼノン、問答無用だな。俺には人質の価値はないらしい。」 「お前は黙ってろ。ザイが捕まったとなると、ここも直ぐに割れるな。仕方ない守護隊が来る前に場所を移すぞ。」  そう言うと男たちは割とてきぱきと片づけをして直ぐにその建物、といっても廃墟のようなもので一応屋根が一部残っていたので雨が凌げる程度のものだったが、そこを撤収して移動した。このリーダーはやはり割と有能で手下の使い方も巧い。人質なんて作戦はリスクが大きいことが判らない奴でもない筈だが、それほど切羽詰まっている、という証か。  次のアジトはさっきの物と比べると結構小さい廃墟だった。数人が入ればいっぱいなりそうな部屋が一つしか使えない。そこに俺とリーダーと手下数人は窮屈だった。 「お前たちは外で待ってろ。」  さすがに俺は中だったが、リーダーと二人きりになった。外はもう夜だ。気温も低いのでかなり寒い。 「おい、あいつらも中に入れてやれよ、寒くて朝まで持たないぞ。」 「うるさい、今考えているから黙ってろ。」  リーダーは物事がうまく進まないことに苛立っていた。そんな時には、焦れば焦るほどいい考えなど浮かぶ筈もない。俺はもう少し生きてみることにしてリーダーに助け船を出したのだった。  
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