リフレイン

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リフレイン

 手早く荷物を纏めて、タクシーを呼んだ。  休みたかった。  この街から、時槻市から離れた場所でのんびりと休みたかった。  転職やバンドのこと、その他諸々は休んだ後でゆっくりと考えたかった。 「麗奈……」  麗奈と雨音をこの街に置き去りにするのが気掛かりだったが、勝手に会うことはできない。  俺は麗奈からの手紙をポケットに突っ込んだ。  必ず迎えに来ると誓い、玲と共にエントランスに出て、タクシーを待つ。 「こんな夜更けに、何処に出掛けるんだ?」  背後から声がした。 「森塚……戒」  アイドルにしては若干筋肉質な男が刀を持って現れた。  完全に銃刀法違反だが、そんな理屈が通じるとは思えなかった。  何故なら、森塚戒の顔は遠藤灯雅や碧海同様、例の紫の紋様で埋め尽くされていたからだ。  俺は持っていた荷物を森塚戒にぶつけ、玲の手を取り逃げ出す。  あの日、雨音と麗奈を追っていた道を玲と共に走る。  追っていたあの日とは違い、逃げる為に走る。  戒は荷物をぶつけても、怯まず俺たちを追い掛けてきた。  あの日の雨音たちと同じように、時槻海浜公園に逃げ込む。  戒も追ってきた。  あの日と同じ。  違うのは、俺が玲を守らなければならない立場だと言うことだ。 「玲!! そのまま走れ!!」  俺はそう叫ぶと身を翻し、捨て身で森塚戒にぶつかった。 「ぐわっ!!」  俺と森塚戒は縺れ合うように海浜公園の地面に倒れ込んだ。  森塚戒が刀から手を離す。  すかさず俺は刀を掴んだ。 「玲は俺が守る!!」  立ち上がった俺は、地面に転がる森塚戒に刀を振り下ろし…………。  赤い鮮血が飛び散った。  俺はそのまま森塚戒の腹部に刀を刺し、森塚戒を地面に縫い止めると、玲を追って走った。  玲を追って……。  玲を……。 「陽、落ち着いて聞いて」  あの日の社長の声が聞こえる。 「ハルモニアで刃傷沙汰!?」  あの日の俺の声も。 「殺されたのは二人。阿妻瑞樹と……山梨大地」 「…………は?」 「その後、事件を起こした遠藤灯雅は自殺」 「ちょ……ちょっと待ってくれ」 「大地は殺されたわ…………遠藤灯雅に」 「待ってくれ……」 「もう大地はいないの」  山梨大地は……玲は遠藤灯雅に殺された。  じゃあ、今まで傍にいてくれた玲は?  立ち止まり、後ろを振り返る。  ボロボロのウサギのぬいぐるみが転がっていた。  あの日、玲と麗奈用に二つ買って、いつか麗奈に会えた時に渡そうと保管していたぬいぐるみだった。  俺は、あのぬいぐるみを、玲だと思い込んで…………。  俺は叫んだ。  海浜公園で叫んだ。  以降の記憶が、ぷっつりと途切れている。  
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