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第二章 プロローグ
俺……遠藤灯雅は、ガキの頃から容姿をよく褒められた。
でも、当時は正直嬉しくなかった。
酷い喘息で病院への入退院を繰り返していたからだ。
学校も特別支援学級で、でも行けないことの方が多かった。
皆が褒める人形のように整った容姿よりも健康な身体が欲しかった。
そんなことを思いながら消灯時間を過ぎた病室の天井を眺めていた、ある日の夜。
俺は病院で、あり得ない猫の鳴き声を聞いた。
退屈していた俺は、すぐにベッドから飛び降りた。
病室の扉を開けると……。
「黒猫?」
病院の中に、黒猫がいた。
俺は足音を忍ばせながら、黒猫を追いかけた。
黒猫は静かな病院内を足音も立てずに颯爽と進む。
俺は夜勤の看護師や医師に気づかれないように注意をしながら、黒猫を追った。
いつの間にか俺はいつもの病棟から離れて、一度も入ったことのない病棟に迷い込んでしまっていた。
けれどあの時の俺は、迷子になってしまった不安よりも、黒猫に夢中になっていた。
見知らぬ病棟の、少しだけ開かれた病室の扉の中。
その中に黒猫はするりと入り込んでしまった。
俺は扉の隙間から中を覗き込もうとして……急に扉が開き、中に倒れ込んでしまった。
「大丈夫?」
俺を助け起こしてくれたのは、後のロックバンド、ディスコルディアのドラマー、三輪碧海だった。
碧海も入院患者だったが、この病室の患者ではなかった。
この病室の患者は、碧海と同じく後のディスコルディアのボーカル鵜飼将剣と、後のアイドルグループ、ハルモニアのメンバー西蒲潤の二人だった。
「黒猫は?」
「…………黒猫?」
「この部屋ん中、入って行ったぞ?」
「いないよ? 確かめてみる?」
確かに、立ち上がって病室を見回しても、将剣や潤のベッドの下を見ても、黒猫はいない。
「いないでしょ?」
「いない……何処行ったんだ?」
頭を抱えていると、碧海がクスクスと笑う。
碧海に釣られたのか、潤もクスリと小さく笑った。
「まぁいいや。俺は遠藤灯雅。お前らは?」
気を取り直した俺は、三人に尋ねた。
「俺は三輪碧海」
「……俺は、西蒲潤」
「その子は鵜飼将剣くん」
「うかい、しょーけん」
「よく言えたね、将剣くん」
将剣はコミュニケーション能力が幼児並みだった。
ちなみに、ディスコルディアのボーカルとしてデビューした後も無口無愛想キャラとして通しているが、コミュニケーションが難しいからである。
「よろしくな。碧海、潤、将剣」
俺はにっこりと笑った。
入退院を繰り返して、ろくに学校にも行ってなかった当時の俺は、友達が少なかったのだ。
だから、同年代の子供と仲良くなれたのが、単純に嬉しかった。
ただ、俺の言葉に潤は不快感を示した。
「ビャクシンも」
「…………へ?」
「ビャクシンもいる」
「…………はぁ?」
「ビャクシンとも友達になって」
俺は首を傾げた。
「ビャクシン? 誰? ビャクシンなんて奴いねぇじゃん?」
途端に部屋の空気が凍りついた。
潤が、将剣が、碧海が、見開いた瞳でこちらを見る。
「ビャクシンはいる」
「びゃくしん、いる」
「ビャクシンはいるよ、灯雅くん」
あまりの恐ろしさに、俺は腰を抜かして座り込んだ。
そんな俺を、三人は冷ややかに見つめる。
さっきまで、あんなに和やかだったのに…………。
「「「ビャクシンはいる」」」
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