入れ替わり

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入れ替わり

 あれから何度入退院を繰り返しただろう?  小学校の高学年になると、俺の喘息の症状は落ち着いた。  中学生にもなると、俺は病院とは縁遠い生活を送れるようになった。  そんなある日。 「ねぇ、君。アイドルにならない?」  綺麗な女性に声を掛けられた。  俺は自分の身体の弱さや喘息の持病のことをもっと考えるべきだったと思う。  けれど、健康になって調子に乗った俺はアイドルになると即答してしまった。  顔合わせ。  俺は思わぬ人物と再会した。 「潤!?」 「灯雅!? 喘息はもう良いのか!?」  やっぱりソレ聞くよな?  そうだよな? 「い……今のところ」 「つまり何も考えてなかったってことだな」  う……鋭い。 「何だよお前ら知り合いか? 俺だけ除け者か? 寂しいだろ」  年上の筋肉質の高校生が俺と潤の間に入ってきた。  森塚戒。  しばらくは俺と潤と戒の三人でハルモニアとしてアイドル活動をしていた。  心配だった体調もしばらくはすこぶる良く、ハードなレッスンにもついて行くことが出来ていた。  唯一気がかりだったのは、潤が全くビャクシンについて話さなくなっていたことだ。  碧海については話した。  将剣や煌也についてもだ。  碧海と将剣は相変わらず入院していたからたまに見舞いに行ったし、煌也については兄の峻也がハルモニアのマネージャーだったから、彼を通して再会した。  だが、潤は再会したその日から、ビャクシンについては一言も話さない。  最初は少し不気味だったが、イマジナリーフレンドが必要なくなったんだと、ポジティブな方向で考えることにした。  潤だっていつまでも子供ではないし、心の傷だって時間が経てば癒えるだろう。  そう考えて、俺からもビャクシンについて問うことはしなかった。  潤も順調。  俺も順調。  戒とも親しくなり、俺は忙しくも楽しい毎日を送っていた。  しかし…………。  17歳のある日、俺はうっかりインフルエンザに感染してしまった。  そして、運の悪いことに、喘息が再発……悪化してしまった。  ハルモニアが漸く軌道に乗りかけていた……そんなタイミングでの喘息悪化だった。 「遼雅くんと入れ替わる?」  俺は見舞いに来た月見里社長に、ある提案をした。  俺には双子の弟がいた。  遠藤遼雅。  一卵性双生児で、瓜二つの弟だ。  遼雅は健康で、俺の忘れ物を届けにレッスン場まで来たりしていたから、潤や戒とも顔見知りだ。  遼雅が遠藤灯雅になってアイドルとして生き、俺は遠藤遼雅になって療養する。  今のハルモニアに一番ダメージが少ないのはこの方法じゃないかと、俺は社長に提案した。  ダメ元の提案だったが、社長は案外乗り気だった。  遼雅も了承し、俺と遼雅は入れ替わった。  遼雅が遠藤灯雅としてハルモニアで活躍する傍ら、俺は遠藤遼雅としてまた入院生活を送ることになった。  退院後も状態はあまり良くなく、俺は自宅で療養しながら通信制高校に入った。  再び体調が安定したのは大学生になってからだが、その頃には遼雅が遠藤灯雅として俺以上の活躍をしていた。  俺はもうアイドルに戻ることはなく、遠藤遼雅として平凡に生きることを余儀なくされた。  自分で選んだ道だし、体調のことを考えずに話に飛びついたことで沢山の人に迷惑をかけた。  何より、遼雅の人生を歪めてしまった。  それはわかっていた。  わかっていたけれど…………。  あの頃の俺は、少し寂しさも感じていた。
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