紫芍病

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紫芍病

 2019年6月14日。  俺は久々にハルモニアが所属する芸能事務所、ルナティックサーペントに顔を出した。  脚本が完成したからだ。 「久しぶりね!! 今は関本夏希なんだって? 随分顔色いいじゃない!!」 「その節はご迷惑をおかけしました、社長」 「いえ、あの頃は私もまだまだ未熟だったのよ。下調べをしっかりせずに貴方をアイドルにしてしまったのは私の責任よ。反省してるわ」  三十代後半なのに二十代の頃と変わらぬ美しさの月見里社長はケラケラと笑った。 「笑い事じゃないし、反省してる態度じゃないんだけどな……社長。えーっと、夏希? お前戒をイケメンに描き過ぎ」  こう口にしたのは潤だった。  無表情なのは相変わらず。  でも、時々はにかむように笑う笑顔にファンは釘付けになるらしい。 「いや、俺はイケメンだろ? なぁ、夏希?」  戒がニヤリと笑う。 「そりゃそうだ。弟の王子様をブサメンには描けねぇだろ?」  たちまち、戒が真っ赤になる。  そんな戒にニヤニヤと笑い返した。 「昔から戒推しだったからなぁ……アイツ」 「いや、あの……」 「入れ替わる前からだぜ。戒が好き過ぎてダンス完璧に覚えて俺より綺麗に踊りやがって、あの野郎……」 「あ〜〜」 「入れ替わりに了承したのも俺のためっていうより戒のため……」 「わかった!! わかったから!!」  戒は耳まで真っ赤だ。  筋肉質で体格がいいのに、可愛くてついついからかってしまう。 「何が……わかったの?」  その時、社長室の扉が開いた。  誰かなんて聞くまでもない。  俺と同じ声。  双子の弟……本物の遼雅だ。 「よぉ。久しぶ……り…………」  ゾクリとした。  遼雅の顔は刺青だらけだった。  紫の、植物のような、花のような刺青だらけ。 「何だ……その、顔…………」  最後まで言葉にすることは出来なかった。  俺は突然意識を失い、昏倒した。  目を覚ますと、そこは見覚えのある病室だった。 「三輪紫芍病院……?」 「はい、そうです」  傍らにいた看護師が答えた。  丁度バイタルチェックを行っていたようだ。 「遠藤さん、貴方は喘息の発作を起こして倒れたのです」  喘息の発作?  それにしては息苦しさが無かったが。 「今主治医を呼んできます。少しお待ちください」  看護師が部屋を出ていく。  途端に、先程感じた違和感に襲われる。  俺は喘息の発作を何回も経験している。  あの時は息苦しさに倒れるという感じではなかった。  それに……あの時部屋に入ってきた遼雅。  あの刺青だらけの遼雅は一体……。  その時、下腹部に痛みが走った。  俺はベッドから起き上がる。  看護師が着替えさせてくれたのか、俺はパジャマを着ていた。  そっと痛みを感じた下腹部を覗く。  また、ゾクリとした。  遼雅の顔に刻まれたのと同じ紫の刺青が、俺の下腹部にも刻まれていた。 「紫芍病……」  呟いたのは俺じゃない。  紫芍病なんて言葉、俺は知らない。  俺は声が聞こえた……天井を見上げた。  真っ白な髪に、赤い瞳の男がふわりと浮いていた。  日本人ではあり得ない髪と瞳の、日本人離れした容姿の男が、ふわふわと浮いていたのだ。  俺は絶叫した。  あまりの恐怖に絶叫した。 「遠藤さん!! 遠藤さん、落ち着いて!!」 「鎮静剤を!! 早く!!」  そんな誰かの言葉と共に、俺の意識はまた闇に溶けた。
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