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月見里
目が覚めると、見知った顔があった。
「時成……」
「夏希先輩……良かった」
ホッと安堵するような時成の表情に俺も自然に笑みを浮かべることができた。
「見舞いに来てくれたのか?」
しかし、その言葉に時成は再び硬い表情に戻る。
「夏希先輩のご両親は今此処に来ることができる状況じゃないんです」
「…………どういうことだ?」
「夏希先輩は全く覚えていないんですね?」
覚えていない?
何を?
「いいですか、落ち着いて聞いてください」
「お、おう……」
オタク故に例のネットミームを思い出したが……余裕があったのはそこまでだった。
「弟さんがハルモニアのメンバー、阿妻瑞樹と山梨大地を殺して自殺しました」
「…………は?」
「夏希先輩は弟さんの自殺現場に居合わせて、ショックで発作を起こして倒れたと説明を受けましたが……」
「遼雅が……人を殺して……自殺?」
あり得ない。
あり得ない。
アイツはそんな性格じゃない。
優しくて、思いやりがあって、入れ替わりの際もアイツなりに色々思うことがあっただろうが快く引き受けてくれた。
自分のことは二の次で相手のことを思う……正直俺はどうかと思うが、それがアイツ、遠藤遼雅だった。
「殺したことも問題なんですが、殺した相手も問題なんです」
「殺した相手?」
「山梨大地です。山梨大地は芸名なんです。本名は月見里大地。芸能事務所ルナティックサーペントの社長、月見里十六夜の弟です」
「社長と山梨大地が姉弟!?」
驚きもあるが、納得もある。
社長と山梨大地はよく似ていた。
社長を男にしたら山梨大地に、山梨大地を女にしたら社長にそっくりと言っていいくらいによく似ていた。
それに、月見里という姓は「やまなし」とも読む。
月が見える里には山がないということで月見里と書いて「やまなし」と読む。
但し、社長の姓はそのまま「つきみざと」と読むし、俺も疑いもしなかった。
それには理由がある。
「月見里組か……」
「はい。月見里十六夜と月見里大地は、月見里組の組長の子女です」
月見里組とはこの時槻市を拠点とする極道だ。
時槻市では月見里組があまりにも有名で、だからこそ月見里を「やまなし」と読むという発想に至らなかった。
月見里組も、そのまま「つきみざとぐみ」と呼ぶ。
「弟さんは月見里組の子息を殺してしまったんです」
そりゃ、確かにうちの両親はパニックだ。
息子が人を殺して自殺しただけでもショックな上に、相手はヤクザの組長の息子だ。
倒れたもう一方の息子にまで気が回らないだろうな。
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