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脱出
オーバーサイズの派手なパーカーにジーンズ。
リュックを背負い、ショルダーバッグを下げ、フードを目深に被った男が病室に現れた。
「時成……」
「夏希先輩の為なら喜んで尽力しますとも」
時成は派手なパーカーを脱いで、自分が着用しているものとよく似たジーンズとショルダーバッグと共に俺に渡す。
俺はパジャマを脱いで素早くパーカーとジーンズに着替える。
「お前も早く脱出しろよ」
「勿論です」
俺は時成が病室に来た時のようにフードを目深に被り、他の病棟へと向かう。
チラリ。
白い影が横切ったような気がした。
気のせいだと頭を振ってトイレに駆け込む。
ショルダーバッグの中には派手なパーカーとは真逆の印象の黒いパーカーが入っていた。
俺は素早く黒いパーカーに着替え、派手なパーカーをショルダーバッグに押し込む。
遼雅と同じ俺の顔はどうしても目立ってしまう。
派手なパーカーを着ていた時と同じようにフードを目深に被り、トイレから出ようとした時……。
鏡越しに赤い瞳と視線が合った。
恐怖心が一気にが押し寄せる。
赤い瞳が嗤う。
俺は慄く。
恐怖で膝が笑う。
「……俺は、遼雅の死の真相に辿り着く」
赤い瞳をキッと見据える。
赤い瞳がたじろいだ。
俺は赤い瞳に笑みを向けるとすぐに鏡から視線を逸らし、トイレを出た。
そのまま病院を脱出し、病院の駐車場で時成を待つ。
「遅くなりました」
「病室の俺の私物を回収してくれたんだろ? どれだけ待たされようが文句は言わねぇよ」
「夏希先輩の為ですから」
俺と同じく別の服に着替えていた時成がニッコリと笑った。
「とはいえ、普通後輩ってだけでここまでしてくれねぇだろ?」
俺の言葉に、時成は苦笑する。
「そうですね。“夏希先輩だから”ここまで協力してます……きっと、伝わらないでしょうけど」
時成は何処か諦めが混じった、切なそうな笑みを浮かべ……。
「時成……」
どのように返していいのかわからなかった。
俺はきっと時成の想いに気づいている。
気づいた上で、その想いに応えず、彼の好意を利用している。
俺は狡い。
汚い男だ。
助手席で俯いていると、時成がフードの上から俺の頭を撫でた。
「いいんです。夏希先輩はそのままで。そのままの夏希先輩が、僕は……」
この時、時成の好意に甘えるべきではなかったのだ。
俺は間違えた。
時成だって、俺と同じ弱い人間なのに。
寄り掛かったら折れてしまう、弱い人間なのに。
寄り掛かられた時成は、俺の重さに耐え切れず、軋む音を鳴らしていた。
俺はその音を無視してしまった。
だからアレは。
きっと、そう。
俺の罪……なのだ。
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