闇の優しさ

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闇の優しさ

 その後、俺は雨音と離婚した。  ルナティックサーペントの女社長、月見里十六夜は雨音に対し、惜しみなく支援を行った。  一軒家の手配。  ピアノ教室の開業支援。  資金提供。  麗奈は雨音が引き取った。  慰謝料と養育費はキッチリ支払う。  麗奈との手紙のやり取りはOK。  しかし、電話やLINEでのやり取りはNG。  どうしても雨音や麗奈と直接会うことが必要な場合は、第三者として月見里社長が立ち会った上で会う。  月見里社長が間に入って取り決めた。  引っ越しも、俺が事務所にいる間に業者が入った。  あまりにも、呆気ない終わりだった。  月見里社長は、元凶である俺自身にも当然ペナルティを課した。  俺は月見里社長から毎月一冊DVについての本を手渡され、一か月の間に読み、レポートを書いて提出するという課題を出された。  自分がDV加害者であると認めるのは正直キツかった。  自分の弱さや醜悪さを見せつけられるのは心が折れた。  当初は何故俺がこんなことをしなければならないんだ、こんなキツい思いをしなければならないんだという怒りが湧いた。  課題を放り出し、ディスコルディアもルナティックサーペントもやめて実家に帰ろうと思ったこともある。  何故俺がディスコルディアを辞めなかったのかというと、山梨大地の存在が大きい。  あの宵闇のような男は、俺のオフの日を狙っては俺を図書館へと連れ出し、本を読ませ、レポートを書かせた。  当初は鬱陶しくて仕方がなかった。  けれど、腕力や暴力では、俺は山梨大地に敵わない。  俺は怒りを飲み込んで、必死に本を読み、レポートを書いた。  一年も続ければ、流石に自分の愚かさを理解した。  雨音と麗奈に土下座して謝罪したかった。  しかし、月見里社長にはまだ会うのは早いと言われた。  麗奈に手紙で謝意を示すしか手段はなかった。  雨音には、俺の想いは届かない。  そんな俺を支えてくれたのは、意外にも山梨大地だった。  山梨大地も売れっ子アイドルだ。  それなりに忙しい筈だ。  しかし、毎月俺に付き合って、図書館に同行し、レポート作成に協力してくれた。 「どうして此処まで俺に協力してくれるんだ? お前はお前で忙しいだろう」  山梨大地は表情を動かさない。  しかし、一年も付き合っていれば考え込んでいるのだと分かる。  やがて、山梨大地は口を開いた。 「最初は、月見里社長に頼まれたからだ」 「…………だろうな」 「けれど今は、アンタを放っておけない」  そんなことを言われるとは、流石に思っていなかった。 「…………ありがとな」  そう返すだけで精一杯の俺に、山梨大地は微笑んだ。  宵闇のように黒く冷たい男の、穏やかで優しい微笑み。  その微笑みにささくれ立った心が癒されていくのを感じた。  光が醜悪さや弱さをもさらけ出すのなら、それらを包み込むのは闇だ。  俺はいつしか、この宵闇の男に惹かれている自分に気づいた。  
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