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ぬいぐるみ
「大地に、自分は大地じゃないと言われた」
「…………」
「自分は玲という女の人格だと」
峻也は驚いていない。
「事実なのか?」
問い掛けに、峻也は頷く。
「大地くんは、幼少期にある事件に巻き込まれました」
「ある事件?」
「私の口からは詳しくは説明できません。しかし、死傷者が出る程の事件でした」
「死傷者……」
峻也の表情から、柔和さが消える。
「はい。事件以降、大地くん本人の人格が表に出ることはほぼ皆無だと大地くんのお姉さんから聞いています。そして、常に表に出ているのは女性の人格だと」
「…………」
「けれど、それを彼は……彼女は滅多なことでは口にはしないのですが……本来であれば」
知っているのはハルモニアのメンバーと社長、元マネージャーの自分と現マネージャーの菜々花くらいだと峻也は口にする。
「余程、貴方に心を許しているのかもしれませんね……彼女は」
玲が、俺に心を許している?
「ほらよ」
山梨大地……いや、玲に紙袋を渡した。
訝しげに紙袋の中を見た玲は、視線を紙袋の中身と俺の間で彷徨わせた。
紙袋の中身……それはあのファンシーショップのショーウィンドウに飾られているウサギのぬいぐるみだった。
「麗奈に会えたら渡そうと思ってな。買いに行った時ふとコイツが欲しそうなお前の視線を思い出して……」
嘘だ。
麗奈の分も買ったのは事実だが、買いに行ったのは玲に渡す為だ。
「これまで俺を支えてくれた礼だ。受け取ってくれるか?」
玲はいつもの無表情が嘘のように、コクンと頷いて嬉しそうに笑った。
山梨大地は美しいが、何処からどう見ても男だ。
だが、そんな山梨大地の身体で笑う玲は、何故か可愛いと思った。
そして、何処か誰かに似ていると思った。
誰に似ていると思ったのかはわからない。
しかし、あの時確かに何処かで見覚えがあると思ったのだ。
2019年6月14日。
その日と翌15日、俺はオフだった。
玲は14日は仕事だが、15日は空いているらしい。
俺は玲を食事に誘った。
玲も喜んでくれた。
明日を思うと年甲斐もなく気分がソワソワする……そんな2019年6月14日。
突然、社長から電話が入った。
「ハルモニアで……刃傷沙汰!?」
ハルモニアで刃傷沙汰があったらしい。
ハルモニアメンバーの阿妻瑞樹が死亡。
刃傷沙汰を起こした遠藤灯雅はその場で自殺。
玲……山梨大地は……。
その時、俺は腹部に激しい痛みを感じた。
痛みは俺から意識を奪っていく。
山梨大地……玲……玲は…………。
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