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遠藤灯雅
同事務所のアイドルグループ、ハルモニアのセンターである遠藤灯雅は、まるで作り物のように美しい男だった。
2019年4月のある日。
俺は遠藤灯雅が森塚戒の部屋に入って行くのを見た。
森塚戒はハルモニアのリーダーだ。
遠藤灯雅と親しくても何もおかしくはない。
しかし、30分後にコンビニに行こうと部屋を出ると、マンションのエントランスで、森塚戒の部屋に入って行った筈の遠藤灯雅が蹲っていた。
「大丈夫か!?」
遠藤灯雅はかなり苦しそうだ。
流石に放置は出来ない。
声を掛けると、遠藤灯雅が美しい顔をこちらに向けた。
「大丈夫です。ただの体調不良です」
「…………声の掛け方が悪かったな。どう見ても大丈夫には見えないんだが」
そう言うと、遠藤灯雅は顔面蒼白で、けれどもクスリと小さく笑った。
「そうですね……あまり大丈夫ではないです」
エントランスからは、遠藤灯雅の部屋より俺の部屋の方が近い。
「うちに寄ってけ」
「でも……」
「途中で倒れられた方が迷惑だ」
遠藤灯雅に肩を貸して、自分の部屋に戻った。
ベッドに寝かせると、遠藤灯雅の表情が若干穏やかなものになった。
「出掛ける途中だったのでは……」
「タバコが切れそうだったからコンビニに行こうと思っただけだ。いいから寝てろ」
「ありがとう……ございます」
「しっかし……森塚の奴、こんな状態のお前を放り出したのか?」
「えっ……!?」
うとうとと眠そうだった遠藤灯雅が、目を見開いた。
しまったな……と、俺は内心舌打ちをした。
今の遠藤灯雅に聞かせるべき言葉ではなかった。
しかし、遠藤灯雅は続きを言えと訴える。
「お前さっき、森塚戒の部屋に行っただろ?」
途端に、遠藤灯雅が顔を歪めた。
「どうした!?」
「痛い……」
「痛い? 何処がだ!?」
「痛み止め……ありませんか?」
「鎮痛剤か……ちょっと待ってろ」
俺は鎮痛剤を探す為に立ち上がった。
その時だった。
俺は確かに、甘い花の香りを感じた。
でもその時は、遠藤灯雅がつけている香水か何かだと思った。
鎮痛剤を飲ませると、遠藤灯雅の表情が和らいだ。
同時に、花の香りも和らいだ……気がした。
あの日から、俺は何度かエントランスに蹲っている遠藤灯雅を部屋に連れ込んだ。
遠藤灯雅からは決まってあの花の香りがした。
痛い。
痛い。
紫の紋様と噎せ返るような花の香り。
俺の下腹部を撫でる玲。
この花の香りは、遠藤灯雅を連れ込んだ時に感じた花の香りに似ている……そんな気がした。
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