9人が本棚に入れています
本棚に追加
大地の過去
深夜。
玲が眠ったのを見計らって、峻也に電話を掛けた。
「陽さん?」
「なぁ、峻也……少し聞きたいことがあるんだが……」
「…………どうぞ?」
「遠藤灯雅が今どうしてるか、お前知ってるか?」
峻也がしばらく言葉を止めた。
「ハルモニアの事件の後、自殺したと社長から聞きました。陽さんもご存知ですよね?」
やはり。
遠藤灯雅はハルモニアの事件を起こした後自殺している。
ならば、先程の遠藤灯雅は?
あれは俺の幻覚だったのか?
遠藤灯雅のことを思い出したから、あんな幻覚を見たのか?
「森塚玲」
あの時、遠藤灯雅は玲のことをこう呼んだ。
山梨大地ではなく、森塚玲と。
「森塚戒の身内に、森塚玲という者がいるのか?」
帰宅して、頭が冷えてから浮かんだ疑問。
森塚戒と森塚玲。
名前があまりにも似すぎている。
「森塚玲と、玲……山梨大地の関係は?」
暫しの沈黙。
峻也は悩んでいるようだった。
俺は急かすことなく、ただひたすらに待つ。
「森塚玲さんは、森塚戒さんの妹さんでした」
「過去形か?」
「既に故人です」
「山梨大地が幼少期に巻き込まれた事件との関係は?」
山梨大地が幼少期に巻き込まれたという事件。
実は何度か、図書館で古い新聞記事などを探してみたことがある。
しかし、何も見つからなかった。
「大地くんの母親は、極道の組長の愛人だったのです」
「…………はぁ!?」
「組員の一人と恋仲になって組の金を盗んで逃げたそうです。当然、組は二人の行方を追いました」
「…………」
「二人は大地くんの目の前で組員たちに殺されました」
大地自身も、組員に殺されそうになったらしい。
その時大地を庇って代わりに殺されたのが、森塚玲という少女だった。
そして、森塚玲の兄である森塚戒もその場にいて、一部始終を見ていた。
「山梨大地は自分の代わりに森塚玲が殺されたショックで、自分が玲だと思い込もうとしたのか?」
「…………少なくとも、ショックだったのは間違いないと思います」
問題は、何故あの時遠藤灯雅は大地のことを森塚玲と呼んだのか。
いや、そもそもあの遠藤灯雅は何者なのか。
遠藤灯雅はハルモニアの事件の後で自殺している。
では、あの遠藤灯雅は…………。
下腹部に鈍い痛みを覚えた。
あの紋様は、既に俺の下腹部全体に広がっている。
「陽さん、こちらからも質問……大丈夫ですか?」
「…………ぁ?」
「下腹部に痛みはありませんか?」
峻也の質問に、冷たい汗が背中を伝う。
「下腹部に、紫色の刺青のような痣はありませんか?」
「…………」
「甘い花の香りを感じることは?」
「…………」
「陽さん?」
「…………ない」
俺は思わず否定していた。
峻也の言葉を肯定し、助けを求めることを考えなかったわけではない。
ただ、何となく……玲と離れ離れになってしまう気がして。
気づいた時には、俺は峻也の言葉を否定していた。
「嘘でしょう」
峻也の抑揚のない声が耳に響いた。
俺は思わず通話を切る。
「陽…………」
背後から、玲の心配そうな声が聞こえた。
「起きたのか?」
「つい先程。話の内容は聞いていない。まぁ、陽に信じてもらえなかったらそれまでだが……」
俺は玲の身体を抱き締めた。
「信じる」
「陽…………」
「玲の言葉を、俺は信じる」
甘く噎せ返る花の香りが強くなった気がした。
最初のコメントを投稿しよう!