第一章 プロローグ

1/1
前へ
/22ページ
次へ

第一章 プロローグ

 俺は暗い部屋で目を覚ました。  此処は……何処だ?  見覚えのない一軒家だった。  俺はマンションで暮らしていた筈。  俺の名前は城守陽。  ロックバンド、ディスコルディアのギタリストだ。  ロックバンドのギタリストと言っても、俺自身はそんなにカッコいいわけでも、人気があるわけでもない。  容姿は至って平凡な四十代のオッサンだ。  長年、俺はスタジオミュージシャンをしていた。  ディスコルディアにも、最初はサポートギタリストとして参加した。  あれは2013年の事だったか?  翌年2014年。  もう一人のディスコルディアのギタリストでリーダーでもある鳴宮峻也に誘われて、俺はディスコルディアに正式加入した。  誘いがあったことに正直驚いた。  ボーカルの鵜飼将剣に特殊な事情があるとはいえ、ディスコルディアのメンバーは美形揃いだった。  俺みたいな至って平凡なオッサン、お呼びじゃないと思っていた。  以降は、元妻の雨音と娘の麗奈と共にディスコルディアが所属する芸能事務所ルナティックサーペントが用意したマンションで生活していた。  離婚するまでの間は。  2017年。  俺は雨音と離婚した。  以降、俺はマンションに一人で住んでいた。  けれど、今俺がいる場所はどう見ても一軒家だ。  マンションの一室ではない。  ガサッ。  俺は手に何かを握り締めている事に気がついた。  それは、紙のようだった。  俺はゆっくりと起き上がり、震える手でその紙を開く。 『お父さんへ れいなより』  娘、麗奈から俺に宛てた手紙だった。  何故、俺はこんなに大切なものを、こんなにもクシャクシャになるまで握り締めて……。    怒り任せに床を殴ろうとして、傍らにボロボロのウサギのぬいぐるみがある事に気づく。  ウサギのぬいぐるみは、虚ろな瞳でずっと俺を見上げている。  ゾクリ。  背筋に冷たい何かが走った。  その途端、嗅覚が機能し始め……。 「げほっ!!」  俺は思わず咳き込んだ。  噎せ返るような、甘い花の香り。  そして、噎せ返るような血の匂い。  頭の中で警鐘が鳴る。  立ち上がってはいけないと。  周囲を見てはいけないと。    しかし。  俺の身体は警鐘に反して立ち上がり、見知らぬ一軒家の中を見回す。  見知らぬ一軒家には大きなピアノがあった。  そして……。 「雨音、麗奈……」  雨音と麗奈の死体が転がっていた。  雨音と麗奈の死体は、まるで先程のボロボロのぬいぐるみのような虚ろな瞳で、俺を見上げていた。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加