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37.ルナはすっかりママの顔になったね。(ルナ視点)
11ヶ月ぶりに日本に帰ってきた。
フランスに音楽留学中は母親がついてきてくれたから、生活の面では助かった。
それでも、子供をあちらで出産してからは大変だった。
私が忙しい中でも絶対に日本に来たかった目的は『フルーティーズ』の武道館ライブだ。
『フルーティーズ』は武道館を満席にできるくらいのグループに成長していた。
そして、人気絶頂のまま今日メンバー全員が卒業という形で解散するらしい。
久しぶりの日本の空港は、人が沢山いて人酔いしそうになった。
胸の鼓動がうるさいくらい大きくなり、私はまだまだ人混みが苦手だと再認識させられる。
フランスでも招待されてコンサートで演奏することはあるが、ピアノを前にすると観客がいくらいても没頭できるから緊張はしない。
「ルナ! こっち」
空港まで雄也お兄ちゃんが迎えに来てくれた。
彼の優しく落ち着いた声に、私の心は落ち着いていった。
「雄也お兄ちゃん。ありがとう」
「あれ? ノゾムくんは連れてこなかったの?」
「まだ、生後4ヶ月だから飛行機は耳が痛くなってきついだろうからって、母がフランスの家で見てる」
私は4ヶ月前に男の子を出産した。
名前は、あなたは望まれて生まれてきた子で、自分の望むこと全てをを叶えて欲しいという思いを込めて「ノゾム」にした。
梨子さんのいう通り、名前というのは賢明に親が考えた贈り物で咎めてはいけないものだと思った。
タクシーに乗り込み武道館に直行する。
「慌ただしい日程だね。少しは日本でゆっくりしていけば良いのに」
「ノゾムの事も心配だし、勉強もあるからね」
「ルナはすっかりママの顔になったね」
雄也お兄ちゃんの言葉に嬉しくなる。
本当に彼は欲しい時に、欲しい言葉をくれる素敵な人だ。
はっきり言って、子供が子供を産んだものだと自分でも思っている。
母の助けがなければ、私には子育てなど到底無理だった。
「雄也お兄ちゃんは、梨子さんとはどうなの?」
私は雄也お兄ちゃんと梨子さんの恋を応援していた。
梨子さんには私の突発的な行動のせいで、色々なものを失わせてしまった。
だからこそ、彼女には確実に幸せにしてくれるだろう彼とくっついて欲しかった。
(雄也お兄ちゃんは、いつも優しくて変わらないって私が保証できるからね)
「昨日、11ヶ月ぶりに彼女に会えたんだけど振られちゃったよ」
「えっ! 振られた? 会ったのが11ヶ月ぶりってどういうこと?」
「11ヶ月前に彼女が武道館公演までは『フルーティーズ』に集中したいって言ってきて、やっと連絡が来たと思ったら振られた」
梨子さんのストイックぶりにも、彼の生真面目さにも引いてしまう。
「なんで振られたの? まさか、為末林太郎に梨子さんを取られてないよね」
梨子さんは恋愛脳なんだろうか。
確かに為末林太郎はイケメンだが、いかにも陽キャな女好きっぽく見えて信用できない。
どう見たって彼は結婚向きではなく見えるし、付き合っても浮気しそうだ。
もう、彼女はアラサーなのだから幸せな結婚を見据えられる安全な雄也お兄ちゃんを選ぶべきだ。
「きらりさんは林太郎くんとは、今、友達関係らしいけど、今日ライブが終わったら告白するって言ってた」
雄也お兄ちゃんは余裕の表情で笑顔で語ってくるが、悔しくないのだろうか。
どう考えても11ヶ月前は、梨子さんの気持ちは雄也お兄ちゃんに向いていた。
梨子さんと為末林太郎にデート報道が出たから、私は雄也お兄ちゃんを選んでおけば間違いないと伝えにいったつもりだった。
(どうして私が正解は雄也お兄ちゃんだって解答用紙を見せたのに、別の解答を選ぶのよ⋯⋯)
「どうして出し抜かれてるの? なんで余裕なの?」
「僕が知らぬ間に、林太郎くんが公私で彼女を支えて気持ちを奪っちゃったんだよ。まず、きらりさんを自分と同じマンションに引っ越しさせてるからね。その上『フルーティーズ』がここまで売れたのも彼の戦略が凄かったんだよ」
やはり、『フルーティーズ』の躍進は為末林太郎が一役買っていたということだ。
彼自身も大企業の社長で良いスポンサーになりそうな上に、強い人脈もありそうだから後ろ盾としては十分だろう。
(自分の立場利用して、女を落とすなんて狡くない?)
「グッズとかも、きらりさんのだけ生産を絞って品薄で話題にしたり、この11ヶ月はニュースで『フルーティーズ』の話題を見ない日はなかったからね」
「あれって、わざとグッズの生産絞ってたの?」
『フルーティーズ』のライブで販売するグッズが梨子さんのはいつも売り切れでファンが悲鳴をあげてるとニュースで見た。
確かに他の3人の子供のメンバーに差をつけるとメンバーの間でギクシャクしそうだが、梨子さんなら問題ない。
雄也お兄ちゃんは、その辺りでは『フルーティーズ』のブレインに為末林太郎がいることに気づいてそうなのに大人しく梨子さんの連絡を待ってるなんて悠長過ぎる。
「雄也お兄ちゃん、梨子さんの事はもういいの?」
忙しさに恋愛から遠のいていた彼が、速攻恋に落ちたのが梨子さんだ。
彼は梨子さんにプロポーズまでしたのに、もう諦めてしまったのだろうか。
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