39.梨田きらりさん、俺と結婚してください。

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39.梨田きらりさん、俺と結婚してください。

 今日は私たち『フルーティーズ』のラストコンサートだ。  私たちはパフォーマンスを終えて、1人ずつファンの人にお別れの言葉を告げた。  3人娘は泣きながらお別れを告げたが、最年長の私は泣くつもりはない。 「みんなー! 今日は本当にありがとう。私、梨子こと梨田きらりは今日を持って『フルーティーズ』を卒業します!」 「梨子! 梨子! 梨子!」  一面に広がるサイリウムの海と歓声。  サイリウムは林太郎がデザインした魔法ステッキ型で、私の心はホッコリする。  本日の武道館のコンサートをもって、私は3人娘と共にアイドルグループ『フルーティーズ』を卒業する。  実質『フルーティーズ』は解散して、3人娘は元『フルーティーズ』として私を社長とする芸能事務所『果物屋』のタレントとなる。  『フルーティーズ』で知名度を上げて商業価値が上がったということで、独り立ちさせるというのは林太郎の案だ。  グループとしてのダンスや歌の練習時間がなくなることで、3人娘が目指す自分の将来に向ける時間を取れるようになる。  人を利用したり、使い捨てにしない素敵な提案をしてくれた林太郎をますます私は好きになった。  30歳の誕生日、私は積み重ねた信用も仕事も全てを奪われた。  奪ったのは私の14年以上も付き合った恋人だった。  もう、誰も信用しない、誰も好きにならない、結婚も絶対しないと誓った。  あれから1年。   私は31歳になった。  林太郎に、友達でいて欲しいと伝えてから、彼はその約束を守ってくれている。  私に当てがわれたマンションの部屋は倉庫扱いで、私は今も彼の部屋に住んでいる。  倉橋カイトが日本の騒ぎから逃げるように海外留学すると、私は1度自分の部屋に戻った。  それでも毎日のように林太郎が私の部屋に来てしまい、おうち時間はほぼ一緒に過ごした。  さらに「仕事の打ち合わせの便宜上、常に話がしやすいところにいて欲しい」と言いくるめられ彼の部屋でまた同居することになった。  キスをしないと約束したのに、私が眠りにつくとこっそり部屋に入ってきてキスをされたりした。  私はその度にドキドキして、寝ているふりをするのが大変だった。  そのキスのせいで、私は愛を語られずとも常に彼を男として意識してしまうことが続いた。  3人娘と共に観客に深いお辞儀をする。  私たち『フルーティーズ』のメンバーは皆目指すものが違っていた。  それでも、この1年は同じ目標に向かって全力で走ってきた。  今、舞台袖には私を溺愛してくれる無敵のスーパーダーリンの林太郎がいる。  私はウェディングドレス姿でマイクをステージに置くと、彼の胸に飛び込んだ。 「林太郎、好き! 友達やめて、恋人になりたい!」 「きらりが俺のこと好きなんて、ずっと前から知ってたよ」  抱きついた私を思いっきり抱きしめ返してくる彼の温もりを感じていると、左手の薬指に何かが触れた。 「えっ! 何? 指輪?」  見たこともないような大きいダイヤモンドの指輪は婚約指輪だろうか。  なぜ、私の指輪のサイズを知っているのだろう。 「梨田きらりさん、俺と結婚してください」  私は「結婚」という言葉に少しビビってしまった。  私は彼のことが好きだけど、未だ彼のことを少し怖いと思っていた。  彼の行動力じゃ凄まじく、ほとんど自分で全ての事を決めてしまう。  それに、好きと言ったその晩には好きじゃなくなったと言ってきた事もあり彼の心変わりも怖い。  彼のことが大好きだから側にいたいけれど、結婚するにしても2年くらい付き合って様子を見てからにしたい。  私が戸惑っているのを察したのか、彼が得意のディープキスをしてきた。 (流されてはダメだわ。3人娘がいるのに、こんなところで匠のキスを見せてはダメ)  私はそっと彼から離れて、距離を取った。 「なんでダメなの? 気持ちいいから?」  彼の言葉に反応して、「ひゃっ」と苺が声をあげたのが分かった。  3人娘が私たち2人をガン見している。  年頃の女の子たちだから、興味津々なのは仕方がない。 (これは教育上、絶対良くないわ) 「きらり、あとはスタッフに任せて行こう」 「うん。りんご、苺、桃香! 今日はお疲れ様。また、明日ね」  私が真っ赤になっている3人娘に声をかけると、3人は口々に「梨子社長お幸せに」と言ってきた。  3人は明日から新しく個々のタレント活動がスタートする。  送迎車の後部座席に乗ると、林太郎がすかさずタブレットを下敷きにしてボールペンと婚姻届を出してきた。 「あと、きらりが署名するだけになってるから。今から、区役所に婚姻届を出しに行くよ」 「今から? もう、入籍しちゃうの? 両親に挨拶に行って、婚姻の証明欄に署名して貰ったりしないの?」 「両親の署名なんていらないよ。もう、成人した大人なんだから」 「えっと、この涼宮さんって誰?」  私は2つある婚姻の証明欄に見知らぬ名前が並んでいることに気がついて尋ねた。 「私です」  目の前の運転手が、遠慮がちに手をあげる。 「あ、ご署名頂きありがとうございます。いつも安全運転してくださっていることに感謝してます」  私は思わず反射的に彼に頭を下げた。 それを見て林太郎が笑いを堪えている。 「林太郎、結婚は早いよ。男性の平均初婚年齢は31歳だよ。あなたは、まだ26歳なんだから」  私が林太郎が結婚を思いとどまるよう説得しようと試みると、彼は途端に不機嫌な顔をした。 「どうして俺が平均に合わせなきゃいけないの? 俺がきらりと結婚したいから今するんだよ。きらりは俺のこと好きじゃないの? 好きなら署名して」  まるで気持ちの証拠を見せる踏み絵のように署名を促され、思わず署名してしまった。 「林太郎、さっきプロポーズしてくれて婚約指輪を貰ったばかりだし、もう少し婚約期間を楽しまない?」 「俺の座右の銘は先手必勝だから。はい、結婚指輪」  彼が指輪のケースを開けて結婚指輪を出してきた。  私は婚約指輪のダイヤモンドが大きすぎて、誘拐されるんじゃないかと不安だったので結婚指輪のシンプルさにホッとする。 (それにしても、先手必勝って⋯⋯一体、誰と戦っているのよ) 「きらり、幸せそう。これから、もっと幸せにするからね」  私のホッとした表情を喜びの表情と捉えた彼は、私の頬に軽くキスをしてきた。 「ありがとう。でも、私の両親はともかく林太郎のご両親には入籍前に挨拶したいかな」 「うちの母親がきらり見たら、対抗意識燃やして凄いことになると思うよ。相手にするのが、キツく感じたら言ってね。俺がきらりを守るから」 「それって、この泥棒猫! 可愛い息子を奪いやがってみたいなこと?」  私の言ったことがツボったのか、林太郎はまた爆笑し出した。 (この幸せそうな顔を見てられるなら、結婚しちゃっても良いのかな⋯⋯)  結局じゃれあっている間に区役所に到着して、私は為末きらりになった。
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