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様々な事や思いが押し寄せてきて、目眩がして動悸が激しくなる。
カミュを早急に解放しなければならない。しかし、体力面を考えると、リュカを探し出すことを優先させなくてはならなかった。
「すまない、そこの使節団の」
アジュリットの正装で身を包んだ後ろ姿に見覚えがある。顔はよく見えなかったが、モーリスに手紙のようなものを渡していた赤毛の男に違いなかった。
男は真剣な顔でリュカの名前を呼び、探している。
それは彼だけではない。使節団の者たちは皆、まるで自分たちの事のようにリュカを必死に探してくれているのだ。
「ああ、アンタか」
その言い草には聞き覚えがあった。四年前にはなかった精悍な顔つき、燃えるような赤毛――。
「クレマン!」
「名前を覚えていてくれたなんて、光栄だ」
「カミュは、カミュはどうした」
「アンタが一番良く分かっているだろう」
ルイは混乱した。カミュと一緒にオパロにいた男が、王弟の使節団にいるなんて違和感があったが、今はそれどころではない。
「状況が分からないから聞いているんだ」
「投獄された。近衛に連行されたんだ」
「いったい何が……。すぐに解放するように伝える」
話が終わらないうちに、クレマンはリュカの名前を呼び始める。
「――クレマン。なぜそんな真剣に、私の子を」
「王弟殿下の子だからだ」
「え……」
「リュカ王子に、万が一は許されない」
「待ってくれ、カミュは」
「エルヴェ・カミュ・セルネ・コンラート。公表していないが、王弟殿下の正式な名だ。リュカ王子は、クワルツとアジュリットの和平の象徴。クワルツが認めなくとも、我々は王子と呼んでいる」
ルイは頭を殴られたような衝撃を覚えた。
理解しようとしているが、考えがまったく追いつかない。
リュカの事が心配で、産まれた日のこと思い出しては、最悪の結末も想像して震えそうになってしまう。その上、カミュとエルヴェ・コンラートが同一人物だなんて、今のルイには理解ができなかった。
建物内は侍従たちが探し、庭園は軍や使節団がくまなく捜索を進めている。
門を閉めたせいで、王宮に出入りする商人たちが長蛇の列をなしている。一緒に探すと申し出てくれたが、誰が何者か分からなくなっては、混乱をきたす。申し出には感謝し、丁重に断ったルイは今しばらく開門を待って欲しいと伝えた。
「ルイ!」
池に張った氷も、この時期はかなり薄くなっている。が、割れているところはない。
この件について、ミカルゲにモーリスを尋問してもらっているが、何も知らないとリュカを心配する素振りも見せていると言う。
目的は何なのか、ルイは思いを巡らせる。少しでもモーリスの思惑に近づけば、リュカを見つけ出せるような気がしたのだ。
「ルイ!」
地面に這いつくばるようにして、低木の植え込みを探している手を掴まれハッとした。
「カミュ……!」
目の前に怪我を負ったカミュがいた。端正な顔に殴られた跡があり、口角は切れている。
「こんな酷い扱いをするなんて」
「大丈夫だ、百倍くらいにして返してやったから。それよりもリュカは」
「いなくなってしまったんだ」
「カンテは何と言ってる」
「捕らえているが、この件については知らないと」
「そうか。俺も探す」
「カミュ、申し訳ない。今、商人たちの荷馬車を改めさせている。この指輪を貸すから、そちらを見てもらってもいいか。私は一度、モーリスのところへ行ってくる」
「これはシグネットリングか」
「ああ。これがあれば全て王命になる。皆が協力的であって欲しいが万が一、拒否する者がいれば使ってくれ」
「分かった」
「まもなく日が暮れる。夜になったら」
夜になったら、どんなに冷え込むか。
ルイは今朝、リュカに着せた服を思い出していた。寒い思いはしていないか、怖い思いをしていないか想像するだけで涙が出そうだった。
カミュの指にシグネットリングをはめるルイの手は、震えてしまっていた。
「カミュ、この外套もリュカに持って行ってくれ」
リュカがとても気に入っているクワルツで一番の毛皮がついたルイの外套で、早く包んでやりたかった。
「預かる。ルイ、こんなに手が冷えて。中で温かくしてろ。君が体調を崩したらリュカが心配する」
「カミュ……」
ルイの手を握って、額にキスをしたカミュは一番大きな門へ向かって走り出した。
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