第四話 ルドヴィカの初恋

3/7
前へ
/56ページ
次へ
 馬車に乗って屋敷を出ると、ル・シュビド伯爵邸へむかう。同じ皇都郊外にあるので、さほど時間はかからない。 「ル・シュビド伯爵家はルーラ湖沿岸に領地を持つ領主だな。息子ばかり三人。エヴラール。ギャエル。フロラン。あなたの求婚者は次男のギャエル」 「わたしが女学校に行ってたころに見かけたらしいの。ギャエルは二つ年上なの」 「エヴラールは二十七。フロランはまだ十五だ」 「よく知ってるのね」 「それは調べたから」 「ある事件って、なんなの?」  初恋の君の鮮烈な青い瞳が、ルドヴィカを見つめる。視線で(いた)められているみたいに、ルドヴィカの頭はカアッと血がのぼってくる。たぶん、顔が真っ赤になっているだろう。 「おれの息子が、ある貴族に命を狙われている。実行犯をあぶりだしているんだ」  ガン、とまた衝撃。  息子がいるのか! ヴィオラ以外にも子どもが。しかも、母親が違う。いったい、何人、愛人がいるのか? いや、今はそれらとは過去形かもしれないけど。  ため息をつきつつ、でもやっぱり、馬車でル・シュビド伯爵邸へむかうあいだ、彼のよこ顔をうっとり見つめてしまうルドヴィカだった。  伯爵邸にはまもなくついた。たしか、ル・シュビド伯爵はラ・スター侯爵の一門だったはずだ。ルドヴィカの実家の族長ラ・ベル侯爵家と同じ、十二騎士の家柄だ。つまり、金持ちな領主。ルドヴィカの婚家にはいい条件。城みたいとまでは言えないまでも、邸宅もモダンで美しい。つい最近に建てたのだろう。 「いらっしゃい。ルドヴィカ! まさか、君が来てくれるなんてね。今日はパーティーだ。お祝いしなくちゃ」  ギャエルは大喜びだ。階段をかけおりてきて、どさくさまぎれにルドヴィカを抱きあげようとする。ルドヴィカはサッとワレスの背中にしがみつく。ギャエルがムッと顔をしかめた。 「こちらは?」 「えっ、えっと……うちの騎士よ。ねぇ、ワレス?」  ワレスは薔薇の騎士のようなおもてに、大人の余裕の微笑を浮かべる。 「ルドヴィカ姫の護衛で参りました」 「あ、そう。まあいいよ。ルドヴィカ。うちを案内しよう」  ギャエルは実家が富豪だと見せつけたいのだろう。屋敷じゅうをすみずみまで案内してくれる。  壁に宝石を埋めこんだダンスホールや、銀細工のシャンデリアが輝く豪華な食堂、ルドヴィカが見たこともない高価な稀覯書(きこうしょ)で壁をうずめられた書斎。  ちなみに書斎では、本に埋没している三男フロランに出会った。十五歳にしても幼く見えるかぼそい少年だが、五百年前の大作家ヴュラス・ル・オードの三部作『巫女姫アウリネの生涯』を読みふけるとは、なかなか見どころがある。 「フロラン。おまえはまた、こんなところで本の虫か。ジャマだよ。どっか行ってろ」  ギャエルは乱暴に弟の背中を押して追いだそうとする。が、ルドヴィカを見て赤くなった少年が、巫女姫の最終巻を持ったまま行ってしまったのでガッカリだ。あの三部作はル・ビアン伯爵家の城にも一部と二部しかないのだ。 「ああ、あとで、わたしにも続きを読ませて——って、もう聞こえてないわよね」 「ルドヴィカ。あんなつまらないヤツはほっといて、遠乗りでもどう? 先月、それは見事なブラゴール産の馬が手に入ったんだ」  ギャエルは馬好きのようだ。ルドヴィカとは趣味があいそうにない。それに、ずっとルドヴィカの手をつかんでひっぱっていくので疲れる。  かたわらで見ているワレスがクスクス笑っている。できれば助けてほしいのだが、求めなくても屋敷じゅうを案内してもらえるのは、彼にとっては願ってもないのだろう。 「馬は嫌い?」 「嫌いじゃないけど、とくに好きでもないわ」 「なんだ。そう。じゃあ、温室はどう?」 「キレイなお花は好きよ」 だが、温室には観葉植物ばかりで、花が咲いていなかった。 「なんだか、地味な温室ね」 同じ種類の鉢植えばかりが、いっぱいならんでいるのだ。 「ああ、ここは兄上が育ててるハーブ園だから。じゃ、次は地下の酒蔵へ行こう。おじいさまがめずらしい酒のコレクターなんだ」  今度は地下へおりていく。モダンな建物ではあっても、やっぱり地下への階段は薄暗い。うしろからワレスがついてくるからいいが、そうでなければ二の足をふんでしまう。  ところが、その酒蔵の扉をあけると、なかには一人の青年がいた。顔はギャエルによく似ている。似ているが、ギャエルがそばかすだらけで、ちょっと前歯が目立つことを考えれば、彼よりちょっと整っていた。少し面長すぎるもののハンサムだ。  青年はヴィナ酒の瓶を一本、手にしていた。入ってきたルドヴィカたちを見て、あわてふためく。 「ギャエル。なんの用だ? 昼間から酒蔵なんて」 「兄さんこそ、何してるんだ。ここはおじいさまの収蔵品の安置所だろ?」 「どんな銘柄があるのか見てただけだ。子どものおまえには関係ない」 「はあ? おれ、とっくに成人してるんだが?」  長男と次男はルドヴィカの見ている前でケンカを始めた。兄弟仲はよくないらしい。  だが、そこはエヴラールは大人だ。酒瓶を棚に置くと、ギャエルにはかまわず酒蔵を出ていく。ただ、すれ違ったときに、ルドヴィカの手をとって接吻した。 「美しいかた。お見苦しいところを見せてすまない。今夜の晩餐には、ぜひ、あなたもおいでください」 「おれの婚約者に手を出すな!」  ルドヴィカはギャエルの婚約者になったつもりはないが、と言って、エヴラールにもときめかない。  何しろ、ルドヴィカのとなりには、白鳥の騎士のごとき初恋の君が立っているのだから。
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加