第四話 ルドヴィカの初恋

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 そのあと、ルドヴィカは自室へ帰るつもりで、庭を歩いていた。温室の前を通りかかると、ガラスの壁のむこうにギャエルがいた。ワレスが大麻だと言っていた、あの植物をやけになったようにむしっている。  まったく乱暴者だ。兄とケンカしてイライラしたから、兄が育てている鉢植えに八つ当たりしているのだろう。  しばらくしてナタンが来ると、荒れている次男の肩をたたいて励ました。ギャエルは興奮して声が大きいので、ところどころ、庭にいるルドヴィカまで話が聞こえてくる。 「兄上なんかに……渡すものか!」 「……」 「……父上はおれの味方なんだろ?」 「……」 「今夜こそ、やるよ」  どうやら、ルドヴィカのことを話してるらしい。絶対にくどいてやるという決意か。ルドヴィカの気持ちもおかまいなしで、失礼きわまりない。  やっぱり、ギャエルは好きになれない。自宅に帰ったら、このプロポーズは正式に断ろうと、ルドヴィカは思った。  ところが、自宅に帰るまでもなかった。そのとき、チラリと外を見たギャエルが、ルドヴィカに気づいたのだ。しっかり目があってしまった。ギャエルは急いで温室をとびだしてくる。むしった葉っぱを手ににぎりこんでいる。 「ルドヴィカ。ここにいたの」 「部屋に帰るのよ」 「じゃあ、いっしょに行くよ」 「いいえ。けっこう」 「そう言わずに」 「わたしは一人になりたいの」 「部屋まで送るだけだよ」 「いいから、ほっといて」  ルドヴィカはまわりから大切に育てられたので、人の悪意にあったことなどなかった。ましてや、暴力など、ただの一度もふるわれた試しがない。だから、完全に油断しきっていた。男と二人きりになったからって、イヤなものはイヤとハッキリ断れば、それでいいのだと。まさか、ギャエルが力づくで押し倒してくるなんて思いもしなかった。 「何するの? 離して。あなたなんか嫌いよ!」  ギャエルの目つきがいよいよ凶暴になり、手にしていた葉っぱをムリヤリ、ルドヴィカの口につっこんでくる。すぐに吐きだしたが、しばらくして、なんとなく体が重いような気がした。めまいがするし、気持ちがフワフワして、まわりのことがだんだんわからなくなってくる。  すると、ギャエルがニヤニヤ笑ってのしかかってきた。 (イヤ……こんな男……)  妙にゆるやかに涙がこぼれていく。ギャエルが服をぬがそうとしているのに抵抗できない。時間が止まったような非現実な空間のなかで、ルドヴィカは目に見えない檻に囚われて苦しんだ。  そのときだ。 「私の娘から離れろ」  声がして、ギャエルの姿が視界から消える。 「うっせぇな。騎士風情が出る幕じゃないんだよ!」  だが、そのあと、ギャエルの声が聞こえなくなった。ほんの一瞬のうちに、何があったのだろう。  次にルドヴィカの視界に現れたのは、ワレスの秀麗なおもて。ワレスは苦々しいような笑みを浮かべている。 「こまったお姫さまだ。妙齢の姫君が一人で歩きまわるもんじゃない」 「ワレス……」  抱きあげられて、運ばれていく。寝室のベッドによこたえらるのがわかった。そのまま、ワレスは立ち去ろうとする。 「待って。どこにも行かないで」 「ルドヴィカ。おれは君の想いにはこたえられないよ?」 「それでもいいの」  初めて他人からの暴力にあって怖かった。ワレスが助けにきてくれて、ほんとに嬉しい。子どもっぽく無視したルドヴィカを、どこかで見守っていてくれたのだ。 「あなたといると、安心する」 「それはきっと、恋ではないね」  いいえ、違うと反論したかった。が、猛烈に眠くなってくる。ただ、髪をなでてくれるワレスの手が心地よかった。かつて幼いルドヴィカを寝かしつけてくれるときに、そうしてくれたように、その手はあたたかい。
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