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男女あべこべの服装をしたパーティーは、外国でなら、きっとお化け屋敷のていをなすのだろう。だが、元来、中性的(とくに男が)で麗しいユイラ人の集まりでは、花の精たちの夜会にまぎれこんでしまったのかと思うほど神秘的だ。
「さっきの美女はアンリだね。どこから見ても女だ。あっちのギクシャクしてるのは、リュックか。彼のオペラは素晴らしいが、女装はいただけないな。あの背の高い騎士はほんとに女か? しかし、どこかで見たことがある」
エントランスホールの二階踊り場より、さらに一つ上。三階にある桟敷席から、ワレスとギュスタンは階下を見おろしていた。桟敷には大きなカウチがあり、そこによこたわれば、花模様の手すりのあいだから、ホールがよく見える。
「どうでもいいけど、ギュスタン。おれはあなたを尊敬しているよ。やり手だし、頭脳明晰で、優れた政治的バランス感覚を持ってる」
「それだけ?」
「ハンサムだし」
「ありがとう。ワレス。今夜、私のしとねに来ないか?」
「それは遠慮する。が、あなたがここまで落ちこむのはめずらしいね。お気に入りのボーイが結婚してしまったんだって?」
ギュスタンはため息をついた。
「エメは私が子どものころから育てていたんだ。とても美しい利発な少年だったので。彼が十八になってからは恋人として愛していた。彼も私を愛してくれていると思っていたが、まさか、別れ話を切りだされるとは思ってなかったよ」
心臓がしぼりでてきそうな大きな吐息をついている。
「でも、エメは平民なんだろ? 別れたら、生活に困るんじゃないのか?」
「まさか。私のもとを離れるからと言って、これまであげたプレゼントをとりかえしはしないとも」
「ちょっと待った。どんなプレゼントを贈った?」
「まず、皇都郊外にある小さな別荘を。そこで二人、夏をすごしたんだ。もちろん、別荘で働く者が必要だから、下働きを数人。あとは遠乗り用の馬と馬車。なんとかいう男爵が破産しかけたときに買ったヴィナ畑もあげたかな。私は領地にもっといい品種の畑を持っているから。ついでにその近くにあった小麦畑と風車を。小さすぎて、大した実りもないが、エメがぜひ管理させてほしいと言ったので。服や宝石は贈り物のうちには入らないだろう? そんなものだったら、いくつあげたかおぼえてない」
「……」
なるほど。エメは独立しても生活できる目処がたったので、公爵をすてたのだ。たぶん、生まれついての男色家ではなかったのだろう。
ハンサムで金持ちで性格も申しぶんなくいいのに、最後はけっきょくふられてしまうギュスタンが、ちょっと哀れになった。
たぶん、これまでにもそんなことが何度かあったのだろう。ギュスタンの失望の根本的な原因はそこだろうと読んだ。
「なるほど。でも、ギュスタン。ユイラにはけっこう男色家も多い。そういう相手をパートナーに選べばいいじゃないか」
ギュスタンはまじめな顔で反論した。
「私は見目に対して、特別なこだわりがあるんだ。きわめて美しい青年でなければダメだ」
「……なるほど」
そうなってくると難しい。きわめて美しい男は、たいてい女にもモテる。
ギュスタンは笑いながら、ワレスを押し倒してくる。バタバタすると、ドレスなのですぐ足がはだける。
「君がなぐさめてくれ。純白のドレスの下に素敵な果実がついてるなんて、妖艶な花嫁だ」
「乱暴しちゃいけない約束だろ?」
「乱暴はしてない。愛でているんだ」
やけになってるようにも見える。あんまり哀れなので、一晩くらいいいかとも思うが、やっぱり、押し返した。
「ギュスタン。友達にそんなことしちゃいけない。後悔するぞ?」
ギュスタンは今日一番、盛大な嘆息を吐きだした。
「君にそう言われるとゴリ押しもできないな」
だが、しばらくすると、ワレスの顔を見てニヤニヤし始める。
「何か?」
「私を友達と思ってくれるのか?」
「まあね」
「ほんとに?」
「あなたが困ってたら、きっと助けに行くよ。約束する」
ギュスタンは機嫌をよくしたようだ。ワレスを抱きよせると、ブロンドをなでまわしつつ、ささやく。
「私が自分の気質に気づいたのは、騎士学校のころだったな。じつは不思議な事件があったんだ」
おやおや? なんだか雲行きが怪しい。これは、もしかして謎解きだろうか?
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