第六話 廃墟の恋人

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 おどろいたことに玄関の両扉に鍵がかかっていなかった。おかげで、ワレスたちは堂々と正面から館に侵入できた。  だが、明かりのまったくない邸内を歩くうち、リュックと離れてしまった。 「リュックのやつ、今ごろ泣きわめいてるぞ」 「……」 「それにしても、意外となかはキレイだな。誰かが掃除してるとは思えないが」 「管理してるヤツがいるんだろ?」と、レノワ。 「レノワは冷静だな」  別にお世辞のつもりもなかったが、レノワは不機嫌だ。ちょうど二階の窓から月光がさしこんできたので、その表情が見てとれた。 「おれも群れるほうじゃないから他人をとやかく言えないが、おまえ、愛想悪いな。イヤなら帰ればいい」  ワレスが言うと、レノワは急に怒った声を出す。 「あんたもどうせ、あいつらとグルなんだろ?」 「あいつら? 誰と?」 「リュックやマキシムだよ。もしかしたら、ジェルマンもそうかも」 「なんのことだ?」 「だって、食堂で思わせぶりにメモのまわし読みしてたじゃないか。おれにだけ渡さないで。だから、新入りのおれをいびるために、オバケ話をでっちあげたんだなって、一発でわかった」  ワレスは考えこんだ。ワレスは今日、遅れて来たので、晩餐にはまにあわなかった。郊外のマルゴの屋敷から、そのままラ・ベル侯爵家をおとずれたのだ。夕食は一人だけ、サロンでサンドイッチをかじった。 「やっぱりか。リュックのようすが変だから、何かあるとは思ってたけどな。アイツ、怖がりなくせに、屋敷に伝わる令嬢の呪いの話だけ、やけにしっかり語ったからな」 「だから、あんたもグルだろ」 「食堂におれはいなかっただろう? それくらいおぼえとけよ」  レノワはむくれ顔だ。まだ少年のような年だから、よけいムキになっている。 「リュックがやりこめたいのは、おまえじゃなく、たぶん、おれだろうな。だから、おれが必ずここへ来るよう挑発したんだ」 「あんた、グルじゃないのか? そのわりに、やけにハリキッて門をあけたり、行こう行こうって……」 「リュックが強がってるから、からかってやりたかったんだ」 「……」  レノワは笑った。 「てっきり、おれがリュックをふったから、仕返しだと思ったんだけどな」 「ふった? リュックに迫られたのか?」  ワレスは劇場の俳優たちとは、けっこう仲がいい。リュックにはものすごい豪傑の女房がいると、以前、聞いたのだが。 「あいつ、両刀使いだったのか?」 「女は勇ましいのが、男は優しいのが好きだと言ってた」  知らなかった。ワレスを見れば、いつもつっかかってくるので、男に興味があるとは、まったく思ってもみなかった。 「……いや、そういえば、最初に会ったとき、なんかゴチャゴチャ言ってたな。なれなれしく肩を組んできて、耳元で『次の歌劇の主役になりたくないか?』とかなんとか」 「それ、アイツの定番のくどき文句だ。おれも三回言われた」 「まわりくどいんだよ。くどかれてると思わなかった」 「あんたのこと、顔は完璧だけど性格が可愛くないってさ」 「なるほどね」  だから二回めから、さっぱりくどかれなくなったわけだ。というより、もしかして、ずっとそれを恨みに思われていたのかもしれない。たしか、初対面のとき、ゴチャゴチャ言われたので、「寝ぼけてんのか? おっさん」くらいは言い返した気がする。当時、ワレスは十七だし、今よりもっと、とがっていた。  レノワは二階へ行く前に、急に立ちどまった。 「やっぱり、おれ、帰る。リュックのやつもいなくなったし、つきあいきれない。じゃな」 「迷うなよ」 「ここからなら、まっすぐ戻れば玄関だ」  レノワがいなくなったので、ワレスは暗闇に一人だ。たしかに、リュックがいないと反撃もできないのでつまらない。 (じゃあ、おれも帰るかな)  ワレスがひきかえそうとしたときだ。 「そこにいるのは、アルベリクなの?」  女の声だ。  ふりかえると、二階の踊り場に若い娘が立っていた。月光をあびて、髪がキラキラ輝く。ワレスと同じブロンドかと思えば、そばによってみれば、ユイラではきわめてめずらしい白銀(プラチナブロンド)だ。それが月光のせいで青白く輝いている。 (美しいな……)  自分も美男だし、数々の美女と浮き名を流してきた。美人を見なれたワレスが、久々に女に見とれてしまった。ただ美しいだけじゃない。彼女には雪の精霊のような神秘性がある。 「初めまして。令嬢。私はワレス。残念ながら、あなたのアルベリクではありません」  きっと、外から見たときに、明かりを手に廊下を歩いていた人物だ。リュックがワレスをだまして怖がらせるために用意した女優だろう。さきにあんな芝居がかった話をしたのは、彼女の登場をより印象的にするためだ。  ひっかかったふりをしてやろうではないか?  それに、彼女となら、一晩をすごすのも楽しそうだ。
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