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夏の終わりあたりの蒸し暑い部屋の中であぐらをかいて
テレビゲームに精神を預けていた。
夏、蝉、暑い。
窓を開けておきながらも自然生成される汗をぬぐっている暇はない。
口元にまるでストローのように口にしている
棒型のチョコレート菓子は一向に飲み込む気にならない。
テレビ画面に映し出される熊を狙撃銃のスコープのような表示で
相手を狙って撃退していくシューティングゲームだ。
せっせとコントローラーを掴みながら動く両手は気にせずに、
ただテレビ画面に視線を集中させていた。
次々とゲーム内で熊が襲いかかってくるのだが俺は画面に集中して、
ゲームを続けていた。
……死ね死ね死ね。
お前らみたいな劣性遺伝子は一度死んで、ようやく生まれ変わっても
また劣性遺伝子のままで何もないまま終わるんだよ。と
ぶつぶつ呟きながら。
そのあたりのゲームセンターでもできそうな遊びだ、
三日間も風呂に入っていないので、
いつもは月曜日に用意されているはずの
『勇★気』がイニシャルの黄色いTシャツのままだ。
外からは「……でね、そいつ急に『好きだ』とか言ってきて」
「何それー、ヒドイ」という女子高校生の声が聞こえる。
ぼさぼさでもうそろそろ風呂に入らないと匂いが付きまとってくるで
あろう髪を気にしつつ、
俺は襲いかかってくる熊をバンバンと倒し続けて――。
「イッチ、この熊って森の中で会ったのと似てるね」という
女の声がした。
相変わらずコントローラーを操作しながら
「まぁ確かにそうかもな。全力で逃げたけどな」と不器用に返すと
「あぁ、そのクマさん撃っちゃだめぇ! イッチのバーカァ」という声が聞こえた。
イッチ。
その甘い声は俺が自然生成している汗よりも強力にはりついてくる。
口にしていたチョコレート菓子はいつの間にか零れ落ちていた。
「あやしい人でも動物でも見つけた時は戦わずにすぐに逃げろって教えてくれたの、イッチじゃん! なんでそんな事するのー」
「…………」
きっと俺は三日三晩ゲームをしていてこんな昼間まで夢をみているんだろうな、
瞼をこすってみたが夢は覚めそうにない。
じゃあ朝から何も食べていない空腹による幻覚か。
どちらかというと後者だろうな、俺はテレビゲームの電源を切って、
急ぎ足で一階につながる階段を降りた。
夏の妖精っていうのは、時にどこか邪魔らしくて、無邪気だ。
案の定先ほどの白い髪の女もついてきた。
フライパンの上で卵を割って少しだけ待つ。
それを見て「卵かけご飯ー? 一人だけズルい。かおりの分も作ってよぉー」と
歓喜の声をあげる。
その間に炊飯器で米が炊けているか確認しようとしていると
「お! 純クンもう昼ごはん食べるの、じゃあおじさんの分も作ってね」と親父が声をかけてきた。
「あ! おじさん、ご無沙汰してます」
「分かったよ」と二人がほとんど同時に言うと
「さっすがー。かわいいだけじゃなくて料理もうまいね」
と言い残しておじさんは向かい側にある居間に行ってしまったが
「そのかわいいっていう台詞やめてくれないかな?使いかたがおかしい」と俺が言うと
「えー?別にいいじゃないか。かわいいに基準なんてないし」と
親父の声が遠くから聞こえた。
俺は炊飯器からキッチン端の卵入れに目をやった。
「イッチの分とおじさん分とカオリの分を三つも作るの? イッチ、すごーい!」
「…………」
俺は無言で卵があと五個は残っている事を確認した。
そして食器を取り出すために食器棚に向かう。
「ねぇ、もう卵焼けてるんじゃないの? 焦げはじめてるよ」という声が聞こえた。
そこで俺はわざと食器棚にたてつくような仕草をしてみせた。
「代わりにあたしが作っといてあげる!」と
いい背後の幽霊だかUMAだか宇宙人なんだかよく分からない存在は、
卵を皿に移そうとしていたが、肝心の皿がないのだ。
そこで食器棚のあたりで突っ立っている俺のもとに来て
「ねぇ、お皿がないよー。三人分ちゃんと作らなきゃいけないじゃん……。ねぇ、ねぇってば!」と
俺の肩をブンブン揺らしながら問いかけてくる。
そんな中、俺は確信した。
たてついている食器棚に彼女が写っていないのだ。
……やっぱりな。
卵かけご飯二人分を作り終えておじさんのいる廊下続きの居間まで
持っていくと「純クンの手作り! 待ってたよー」と
テレビを観ていた親父が声をかけてきた。
手作りといってもほとんどは急に現れた少女が作っていたけどな。
俺は季節にあわない禿隠しのためのサンタみたいなニット帽を被っている
五〇代過ぎの正真正銘の父親に卵かけご飯の入った皿と箸を渡してから、
近くの座布団に座って一緒に卵かけご飯を食べ始めた。
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