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「――明日木曜日は、四国全域で曇りが予想されるでしょう。続いて今日のお天気川柳の時間です」と
テレビの前の女性アナウンサーが伝えているのを観ていると、
テレビを観ている余裕もなく右にいる少女が
「おじさんとイッチの分だけなんてずるいよ! ちゃんとかおりの分も作ってよー」と駄々をこねてきた。
無視して卵かけご飯を食べ続けていると、
その少女は俺の座っている座布団を陣取って、
俺の箸を掴もうとちょっとした戦闘を繰り広げ始めた。
そのうち通常に見えるように保っている
左手がいう事を聞かなくなるだろうな、なんて
思っていると急速に両足の痺れを感じ始めた。
そうか、彼女が俺の足を陣取っているせいで、
その分の負荷が俺にきて……。
なんて考えているうちに
俺は三日間のゲームの疲れと足の痺れでコテンと箸を放り投げて
座布団の上で倒れてしまった。
「うん?」と疑問に思いながら俺の元から離れた少女に
「このやろう……」なんて言っていると
卵かけご飯を食べていたおじさんが
それに気づいて
「え。家の中で熱中症それとも脱水? か、かわいいけど大変……」と戸惑い始めていた。
あの時の俺達は何でもできると考えていて、
あの時の夏休みも俺達は森の中にある秘密基地
『タイムメモリー応援団』に出かけていた。
その名前が決まったのは、
俺達が秘密基地に集まり始めた三日目の事だった。
山奥の何もない廃墟のような建物に七人が集まっていた。
そんな中入り口あたりにいる本間香織が
「この場所の名前とか決まっていないの?」と腕を組みながら言った。
かおりはロシア人とのハーフらしいようで、
肌は色白で髪は薄い灰色で肩あたりまで伸びていて、
好奇心旺盛な瞳は湖の色を少し薄くしたような感じで
青いリボンの着いた白いワンピースが特徴的だった。
それに対して建物内にいる
四名――夢乃雫、遠野利光、榎田勇樹、持田亮太が
黙りこくっていると、「へへっ」と大きなカブトムシを捕まえて
俺と麦わら帽子をかぶっている深田絵里は基地まで戻ってきた。
手に取ってもぞもぞ動くカブトムシをカオリに見せると
ぎょっと顔色を変えて「虫、だいきらいだから見せないでよー!」と
カオリが払いのけながら言ってきた。
すると奥から
「よぅ、イッチとエーリンもこの基地の名前考えてくれるか?」と
わんぱくそうな少年の声が聞こえた。
メンバーの中で一番太っている榎田勇樹の声だった。
よく見ると両端の椅子に座っている伊達メガネをかけているユメユメも
肌を黒く焼いたエノキも、端の壁にもたれかかっている
トッシーも放任して別の事を考えているように見えた。
そんな状況を打破するべく俺が胸に拳をあてて
「じゃあ今日からここは『タイムメモリー応援団』だ!」と言うと、
建物の中にいたメンバーだけでなく、
そばにいたカオリまでがきょとんとした表情で
「タイム……、メモリー……?」と首をかしげながら聞いてきた。
俺が隅々から集まった視線を払いのけるべく
「えーっと『タイム』は時間で『メモリー』は思い出、つまり時間と大切な思い出をつなぐところっていう意味だ」と言うと、
ひとときの沈黙が訪れてから
「すごいよー!」と褒め称えるような声が建物内に響いた。
「すげぇよー、一ノ瀬って」と榎田の声。
「おぃ。イッチまたカオリを泣かせてないだろうな? ここに来てお前のせいで五回も泣いていたぞ」と調べられるように
メンバーの中の影といっていい持田亮太に言われると、
「いや泣いてなんか……」と手を振ってごまかしていると、
ついさっきまで泣きぼくろのようにみえたものが彼女の頬をつたっていく
「ぜんっぜん、泣き虫なんかじゃないし!」と
威張るような大声が基地の中で響いた。
いつの間にかカブトムシはどこかに飛んで逃げてしまっていた。
それからは『タイムメモリー応援団』と
バラバラ、ドアに彫り付けるようにして書いてから、
あの時はメンバーの中で一番足が速くて、
頭もそれなりによかった俺をリーダーとして
タイムメモリー応援団の活動は始まった。
時にはかけっこをしたり、
かおりが怯える中、昆虫採集に行ったり、
基地の近くの川に魚がいないか見に行ってみたり。
いつでも、いつまでも七人は仲良しだった。
――あの日までは。
下腹部のなんともいえない重さと
どこかに寝そべっているような感触で俺は目覚めた。
「なんなんだ……」小さく声に出してみる。
そして下腹部のなんともいえない重さの正体が
「んー、あ……イッチおはよう」と
寝そべっていた身を起こしてぼんやりとした声を出す。
今、目の前にいる存在が夢などでないのだったら――、本当に見えているのだとしたら。
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