夏の妖精

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「どうしたの? 顔色悪いよ」と聞く声を気にせずに、 居間のソファに寝かされいる事に気づいて 近くに置かれているペットボトルと冷え切った 卵かけご飯を転がしながらも、 猛ダッシュで二階の自室まで走って(ふすま)式のドアをバタンと閉めた。 「ねぇ、どうしたのイッチー。開けてよ」 背中で押さえつけているのだが、 もうそこにはいないはずの声が聞こえる。 もし、それが本間香織(ほんまかおり)なのだとしたら――。 どうしてあの時よりも成長しているんだ? 俺は高校に入ってから、一週間ほどで不登校になり、 この家の中の《タイム》を守るために、 ほとんど毎日自室に引きこもって、 最低限の家族ぐらいとしか顔をあわせずに マイペースな二年間を過ごしてきたのに、 今になってそれが崩れ落ちようとしている。 「どうして、今になって俺のところに現れたんだよ!」 「えー?」 根性を振り絞って出した声は少し裏返っていた。 「あたしにも分からないー、と思います」 「……」 どこかわざとらしいが、 考え込んだような口調に自然と襖を抑える腕の力が弱くなった。 「じゃあ、何で俺ん家に来たんだよ!」 「それも分からないー、と思いますよ」 気づいたらドンドンと襖を蹴るような音が一層と強くなって、 10年ものの古い襖は俺に覆いかぶさるようにして壊れてしまった。 やっとのことで襖の下敷きになったところを抜け出した 俺がきょとんとしている本間香織のほうを向いて 「何も分からないのに。じゃあ、何で急に俺のところに現れたりして、勝手にメシ食おうとして――」沸き立つ怒りと疑問を 言葉としてぶつけていると 「あー! 唾飛んだ。汚いよ。バリアーッ!」と 自分のワンピースに付着した俺の唾を気にしつつ、 両手でひし形のようなポーズを作って俺の言葉を遮った。 それから少し首を傾げて 「もしかして、お願いを叶えてほしいとか?」と言ってきた。 恒例のように「お願いっていっても何なんだよ……」と呆れ気味に聞くと 「いい質問! だけどー、……分からないですYO!」 バリアポーズを保ったままのカオリを前に再び、怒りがこみあげてくるのを抑えていると、玄関にあるインターホンの壊れたような音が聞こえた。 「誰か来たよ! 急いで扉開けないと」という声は気にせずに 俺は階段を降りて夕陽のさしつつある玄関に向かった。 するとそこには見覚えのある顔。 まるでパーマみたいな巻き髪をして制服を着た深田絵里(ふかだえり)の姿だった。 「これ、夏休みの宿題。せっかく持ってきたから感謝しなさい」と いつになく冷淡さを保った口調で、封筒を差し出してきた。 俺が動揺しながら、封筒を受け取ると 「わぁ! えっちゃんだー。お久しぶりぶり、うーんち♪」 「うゎ。まだ出てくるなよ……」 両手を広げて出てきた本間香織の姿に驚愕する俺と、 何かを疑問に思っている深田絵里。 「……アンタんとこのおじさんでも出てきたの?」 「ぃ、いや何でもない……、それで夏休みはあと何日あるんだ?」 「あと三日しか残ってないわよ、まぁアンタにとっては毎日が夏休みみたいなものだと思うけど」 「そんな事言うなよ……」 「じゃあ私はこれで。どこぞのヒキコモリさんと違って持田との用事があるから」と残して深田絵里は近くにあった自転車をすっ飛ばして 交差点のほうへと行った。 「何で追いかけないの?」とかおりに聞かれると 「お前、勝手に外に出るなよ。晩メシまで家で待機だ」 「えぇー? せっかくエーリンにも会えたのにさみしいよー」 先ほどの深田の表情から察するに、 今のところカオリの幽霊姿がみえているのは俺だけという事になる。 無慈悲に俺は家の扉を閉めて、ずいぶん日も沈み始めていたので 今日の晩メシの『チーズかけハンバーグ』の用意を 三人分作り始める事にした。 きっと職場にいると思う親父のケータイに襖が壊れた事を連絡してみると 「元々は、障子つきにするつもりだったから一度くらい壊れても心配ないよー」と陽気な声が電話越しに聞こえた。 「晩メシ、先に食べておくからな」と残して俺は電話を切った。 一時間ぐらい部屋でカオリとテレビゲームをした。 ちゃんとカオリが怒ったりしないようにゲームは、 あの頃もよく遊んでいた『マリオカート』にしておいた。 あの頃の夏、珍しく俺が『タイムメモリー応援団』の メンバーを家に呼んでしたのは テレビゲームだった。 その時は確か『マインクラフト』だったかな。 全員が同じキャラクターでプレイして、一時間ほどだったけれど かおりが簡易的なベットと家しか作っていないのに、 家の周りにバラを囲うように置いていて、深田がそのタイミングで 剣を持ってカオリに攻撃を仕掛けたり、 榎田と持田と俺が雪玉で雪合戦をしたり、 全員で一斉に花火を打ち上げてみたりとか……。  今となっては貴重な思い出だろうな。
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