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ドリンクを頼み、会場内をざっと見渡した。どうやら目的の彼はまだ姿を現していないようだ。
「私もシャンパンでいいですよ?」
隣に立つ彼女が、発砲水を持ち不服そうな顔をしている。——可愛い。ゆかりはどんな顔をしていても可愛い。
だが、彼女にアルコールは厳禁だ。
「……ダメだ。君は飲むと可愛くなりすぎるから、二人きりの時以外は禁止だ」
「はい?」
彼女の就任時に、祝いと称してシャンパンを開けた。執務室に二人、フルートグラスの中身を一気に飲み干した彼女は、「美味しい」といって二杯、三杯と杯を重ねていく。
気がついた時には、すっかり酔っぱらってしまい……
「社長! 私、社長の秘書になって……したかったことがありましゅ!」
目を座らせた彼女は、普段のお淑やかな姿とは違い、欲情的で目が離せない。上気した頬に蕩けたような目をして、オレを見つめている。
ドクッと下腹部が痛くなるほどに色気のある顔をした彼女は、いきなりシャツのボタンを外し始めた。
「しゃちょぉ……私、社長の」
ゴクリと喉ぼとけを上下する。白いシャツの下には、なんと黒のレースが美しいブラジャーをしていた。
完全に酔っ払っている。
「ゆっ、ゆかり君、ここは仕事場だから……その、せっかくならホテルにでも」
「ここがいいんです」
「こ、ここが?」
ハイヒールをコツコツと鳴らし、近寄ってきた彼女はオレの耳元で囁いた。
「私……女王様になりたかったんです」
じょ、じょおうさま?
それは……やっぱり、あれだろうか。その……ムチとか使う、エスとエムの……って、オレにはその趣味はない。
「いや、やっぱりそれは、ここでは控えた方が」
うろたえるオレのネクタイに手を伸ばし、それをしゅるりと外す。獣のように目を光らせた彼女は、ネクタイを持ってくすりと笑う。
「ね、社長。その綺麗な目がいけないんですよ? ジッとしてね?」
「は?」
焦って見上げた途端、ふらりと彼女の身体が揺れたかと思うと、膝がガクリと落ちる。
「おいっ、ゆかり君? 大丈夫か?」
倒れる寸前で受け止めると、酒精の匂いが全身から漂ってきた。
「全く……飲みすぎだ。人の気も知らないで」
結局、彼女を横抱きにすると仮眠室に運び、そっと寝かせる。はだけた胸元を戻し、ボタンをはめておく。きっと、明日の朝には全てを忘れていることだろう。
もう、彼女に酒を飲ませてはいけないな。特に、他の男の前では厳禁だ。
オレは密かに決意するのだった。
◆
「私もシャンパンでいいですよ?」
「……ダメだ。君は飲むと可愛くなりすぎるから、二人きりの時以外は禁止だ」
「はい?」
そんなことを言われるなんて心外だ。確かに以前、歓迎会では飲みすぎてしまった。
だからきっと、これも彼の嫌味なのだろう。内心膨れながらも、ウェイターからフルートグラスを受け取る。
「うん、美味しい」
初めての場所とあって、緊張していたのだろう。冷たい水が喉に嬉しい。炭酸もきつくなくて、飲みやすい。
「誰を探しているんですか?」
グラスを持ったまま彼は会場内にいるゲストの中から誰かを探している。男性はタキシード姿が多いけれど、中には中東から来たと思しき白い外套状の長衣を着ている人もいた。あれって、いわゆるシーク様だろうか……。
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