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それから、毎年夏になると乗馬クラブでゆかりを探すようになる。さすがに髪を染めるのを止めたけれど……黒い髪に戻した途端、会えなくなる。アンロニーではなく、聖一誠と本名を伝えることも叶わず、彼女の本名を知ることもなく無常にも時は過ぎていく。
そうして大人になり、見合い話が増えた頃――ゆかりが再び目の前に現れた。
「綾大路ゆかりです。よろしくお願いします」
新入職員の集いで、挨拶に来た彼女を見る。
———間違いない、あの娘だ! イギリスで出会ったゆかりだ!
あっと驚いたオレを見て、彼女も顔をサッと赤くする。その姿を見て、心の奥にしまい込んでいた気持ちが溢れてくる。
大人になった彼女に、一目で恋に落ちていた。
どうか、思い出して欲しい……あの楽しかったひとときを。オレを支え、励まし続けてくれた笑顔をもう一度見てみたい。
だが、アンロニーと名乗りずっと英語しか話さなかったから、あの時のオレをイギリス人と思っているのだろう。声をかけるけれど彼女は一向にオレのことを思い出さない。
そうなると今更、オレがあの時のアンロニーだったとは伝えることもできない。
冷酷で非情で有名な聖一誠が、かつて「アンロニー」と名乗り金髪に染めていたと社内で知られたら、社長としての威厳も何もない。何より恥ずかしくて仕方がない。
結局、あの夏のことは何も言わず新入職員の集いは終わりを告げた。
ゆかりはなんと、綾大路家の一人娘だった。元華族の血筋であり、聖財閥とも深い関係にある。最近は経営している会社の状態が悪いと聞いていた。それで娘の就職先として、祖父が綾大路家の当主に頼まれたのだろう。
人事の話になり、オレは会長に断りを入れる。
「会長、彼女はオレの秘書にします』
「いかん、ワシが頼まれたのだから三年間はワシが面倒を見る。お前は、手を出すんじゃないぞ」
チッと舌打ちをすると、オレの悪態を目にした会長は「お前な……」と言って持っていた杖で頭をパコンと叩かれる。
「なっ、痛いじゃないか!」
「精進せい! お前のようなひよっこに、綾大路の姫君を任せるわけにはいかん」
「じっちゃん……だったら、どうすれば」
「成果をだせ、この三年で親父を超える成果を出したら、考えんでもない」
「……わかった」
そうしてオレは、彼女が会長付秘書でいる間に新規事業への投資を軌道にのせ、会社の価値を二倍に押し上げた。——十分、結果を出したはずだ。
会長付から社長付の秘書になってから一年。彼女を見るとどうしても昔の癖がでるのか、厨二病のようなことをしてしまい――結局、口説いているのか意地悪をしているのかわからなくなる。
それでも、この状態が心地いい。だが、そろそろオレのことだけを見て欲しいと思い――
◆◆◆
いきなり連れて来られたラスベガス。五つ星ホテルに到着した途端、私はいかにも高級ブティックに放り込まれた。
「今夜、カジノに行くから着替えるように」
「社長!」
時差ぼけなのに容赦なく言い渡される。美容室で髪をアップにして、真っ赤なチューブトップのワンピースを着た。身体の線が露わになるほどぴったりして、後ろは大きくあいて背中が丸見えになる。もちろん、ブラはできないし、着たこともないTバックを穿く。
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