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日本人にしては少々派手な顔つきが、もっと派手になるようにハリウッド式化粧を施されると、鏡の中にはまるで女優のように着飾った女がいた。
「どうしよう……こんなの、初めて」
まるで自分ではないみたい。今夜行くカジノはいわゆる富豪だけが入場できるところだから、異性のパートナーを連れて行くのが常識だ。
社長はきっと、英語が流暢だからパートナーに私を選んだだけ。今、彼には特定の恋人はいないと聞いている。いわゆるコンパニオンを手配しなかったのは、手近なところで済ませたかったからに違いない。
ブティックを出てホテルのロビーに向かうと、社長もタキシードに着替えて待っていた。立っている姿だけで美しく、海外であっても視線を独り占めしている。隣にはUS駐在の秘書兼護衛のロベルトもいた。
私を見つけた途端、社長は目を大きく見開いて動きを止めた。いつもは嫌味を言ってくる彼が、頬をほんのりと赤く染めている。「お待たせしました」と挨拶すると、彼は「あ、ああ」と言葉を詰まらせた。
「社長? このドレスで大丈夫ですか? スタッフの方が、このくらい派手にした方がいいって言うから、これにしたんですけど……」
「ああ、いいよ。……似合っている」
彼から褒められると、嬉しくなる。「そうですか、良かった」とホッと胸をなでおろすと、社長は私の背中が丸見えになっていることに気がついた。
「これは……肌が見えすぎではないか?」
「ええ、でもセクシーですよ?」
こんな服を日本で着ることは滅多にない。ラスベガスだからこそ浮かないでいられるのに、社長はどこか不服そうな顔をしている。
「……オレ以外の男に肌をみせるな」
「はい?」
社長はぐっと眉根を寄せると、後ろに控えていたロベルトに何かを言づける。ロペルトは『はい』と返事をするとすぐに飛び出していった。
「社長? 何か気に入らなかったのですか?」
「いや」
社長は腕を組みながら沈黙している。きっと、ロベルトが帰ってくるのを待っているのだろう。
「あの、今夜は私、何をすればよろしいですか? カジノに行くのは初めてなので、作法とかわからないのですが」
「君はオレの隣に立っていてくれればいい。……ああ、そうだな。女避けも兼ねて、オレの女ってことで」
「はい? そんな、秘書ですって言えばいいじゃないですか」
「なんだ、不満があるのか?」
オレの女って! そんな誤解されるようなことを言って、万一マスコミにリークしたら面倒なことになる。慌てふためく私を横目に、社長はからかうような口ぶりになった。
「オレは本当にそうしてもいいけどな。……どう?」
「どうって! 社長!」
私は真っ赤になって口を尖らせた。上司に対して失礼な態度だと思いつつも、二人きりになると途端に砕けた態度になるのは社長の方だ。
彼の冗談に胸がチクりと痛くなる。プラチナ御曹司と貧乏秘書が、恋人関係になれるわけがない。なっても一瞬で飽きられるのが目に見える。飽きられたら最後、私は仕事を失いかねない。
私が失業に恐れをなしているにも関わらず、腕を組んだまま社長はくつくつと嬉しそうに笑っていた。するとロベルトがローズピンクのストールを持ってきて、サッと社長に手渡す。
「ゆかり君、これをかけるんだ」
ラメの織り込まれたストールは、光に反射してキラキラとしている。大判のそれを三角に折ると、ふわりと肩にかけられた。
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