76人が本棚に入れています
本棚に追加
「ゆかり君、オレは石油王になると決めたよ」
聖コンツェルンのCEO、多国籍企業体のトップに君臨する聖一誠社長は流麗な顔を輝かせた。それはもう、嬉しそうに。
「……社長、またご冗談を」
秘書の私はそれをさらっと受け流す。ここで本気にしてはいけない。彼はいつも思いつきで行動するから、それをいさめるのも秘書の仕事だ。
「男は常に夢を追いかけるものだろう?」
「そんな、三十代にもなるオトナの男性が、厨二病のようなことおっしゃらないでください」
うン十万円もするオーダースーツに、新車の値段の腕時計。日本人とは思えないほどの体格の良さに洗練されたスマートな仕草。眉目秀麗、超絶イケメン、そんな言葉では収まらない。
身長180センチを優に超える長身に整った顔立ち。怜悧な瞳に生まれ持ったカリスマは人を惹きつける。見るものすべてを感嘆させる美丈夫で、日本屈指の聖財閥のCEO。
先代社長から引き継いだ仕事も完璧にこなし、大胆でありながら繊細に物事をこなしていく姿は、時に冷淡に、時に情熱的に指導する――極上御曹司だ。
でも、その中身は残念ながら少年のままである。——私の前限定で。
「酷いな、今度のボーナス査定で人事評価をマイナスにするぞ」
「そんな非道なことを、社長がするわけありません」
ぷいっと顔を横に向けて、机に向きなおす。高層ビルの最上階、見晴らしの良すぎるオフィスの窓からは、青空が良く見えた。
ほんとにっ! 能力の無駄遣いばっかり……!
はぁ、と小さくため息を吐くと、社長は片方の眉を上げながらこちらを見る。
「君はいつも僕のアイデアをつぶしていないか? 時には冒険することが大切なんだ」
この人の場合、思ったことを本当に実行してしまえる資金力と行動力、知力に体力、そして人脈とありとあらゆるものを持っているから厄介だ。
アメリカにある有名なビジネススクールでMBAを取得し、世界中にお金持ちプラチナ友コネクションを持つ。多国籍企業の全体予算は小さな国のそれを上回り、今や政府も無視できない存在になっている。
秘書だって私だけではなく、他に四人もいる。それぞれ投資や分析、スケジュール管理や折衝など、秘書という名の片腕の精鋭ばかりだ。
——ほんと、なんで私が秘書に選ばれたんだろう……
パソコンの画面に向かいながら、はらりと落ちた黒髪を耳にかける。一応、私もお嬢さまと呼ばれた身の上だけど、このプラチナ御曹司の前では吹き飛ぶほどの小さな会社だ。
女子校育ちで世間にも疎く、付属の女子大を卒業したらお見合いが待っていると思っていた。その生活が激変したのは、大学生になった年のこと。父の会社が不渡りを出したのだ。
お嬢様から一気に借金まみれの家の娘に転落すると、女子校時代の友達は憐れむような目で私を見る。私の個人資産があったから、何とか学費を払って卒業したけれど……会社の状態は良くならない。
卒業したら、親の会社を助けるために働こうと頑張って就職活動をしたところ、聖コーポレーションで辛うじて内定を貰うことができた。配属先を聞くと、なんと現社長の祖父である会長の秘書。
私に務まるのかな、と思ったけれど……。
最初のコメントを投稿しよう!