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 それが何故かはわからない。でも、そんな表情をしてほしくなくて続ける。 「ねえ、わたしに呼びだされたみたいに、誰かが十字路で弾かないとエシュはこうして姿として出てこれないの?」 「ああ、今はな」 「今は?」  クムイが聞くと、少し喋りすぎたという風に、エシュは息をつく。 「こうして人の身になっている時に、ただ一度だけひとつの楽器をおれのものにできる。おれはおれと契約を交わす。そうすると、この世にある楽器が媒介となり、いつでも音楽に漂えるし、好きに人の身になることもできる」 「え、じゃあ契約した方がいいじゃないの。エシュの気にいる楽器がなかったの? 人の身で聴く音楽もいいでしょうに」 「必要はない」 「そうかしら?」  クムイは考える。ずっと音楽の中に漂って、新しい音楽も古い音楽も一緒にいられたら幸せだ。だが、体で音楽を聴く感動も捨てがたい。どちらも魅力的に思えるので、契約をしてしまえばいいんじゃないだろうか。 「……そうだ。すべての音楽といた方が自由だからな。何も考えずに済む」 「何も考えずに済む……」  クムイは今までとは違った目でエシュを見た。憧れるような、羨ましいような気持ちだ。何も考えずに歌ってみたいが、人の身ではそれは叶わない。嫌いな曲もあるし、それを生活のために無理に歌わなくてはいけないこともある。 「いいわね。何も考えずに音楽と触れ合えるのは」  クムイからため息に似た吐息が漏れた。  たまに、何故自分は人間に生まれたのだろうかと疑問に思うことがある。できれば、本当の楽器に生まれたかった。何も考えず奏でるだけの存在になりたかった。  人間は面倒なので、他のことばかりがつきまとう。確かに、契約など必要ないのかもしれない。何も考えず、音楽とともにいれるのは、羨ましい。 「自由っていいわね」 「おかしなことをいうな。俺が契約した吟遊詩人はいつも自由を謳歌していた。お前は自由ではないのか?」 「え?」  クムイはエシュに問われて、おかしな気分に襲われた。音楽は好きだ。嫌いな曲だって、上手く歌えた時は征服感がある。琴を弾いて暮らせる今の生活が好きだ。  そもそも吟遊詩人は自由そのもののように言われている。
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