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 そう青年が言うと、ぴきっと音がした。六弦琴が壊れた時と同じようにヒビがまた入っていく。 「やだ、やめて! 元に戻して!」  クムイは思わず叫んだ。野盗に襲われ、守ることもできなく壊れていく瞬間が戻ったかのようだ。涙が出そうになり、背中がゾッとする。せっかく生き返ったのに、また死んでしまう。  慌てて六弦琴を強く抱きしめて、頭を下げる。必死だった。 「わか、わかったわ。命を半分あげます。だから戻して! 六弦琴には換えられないもの!」 「そうか、ならば」 青年が六弦琴を撫でるとまた何事もなかったかのように六弦琴は戻っていく。クムイはほっと息をつくと、青年を疑うように睨みつけた。 「あ、あなた……悪魔や何かの使いじゃないわよね。悪魔と契約だったら……いくらなんでも」 「いくらなんでも?」  愉快そうに笑い青年が問いただした。いくらなんでも……と思ったが、それ以上の言葉は浮かばない。六弦琴を壊れたもとの状態に戻すかと聞かれれば、それはごめんなことだった。そこで青年の笑みの意味を知る。つまりはクムイは、青年が音楽の精霊でも悪魔でもかまわないのである。  自分の欲望を知ると、とたんに恥ずかしくなってきた。相手はなんであれ、六弦琴を直してくれたことには変わりないのだ。 「……あ、ありがとう。直してくれて。そういうべきよね。わたし、それが目的だったのだもの」  六弦琴を抱きしめながら、クムイは俯きかげんで礼を言う。いつの間にか空は暗くなり月影が伸びて心もとなく揺れている。 「契約は果たされた。おれは楽器を直した。直した楽器はもう壊れることも劣化することもない。それは絶対だ。ただし、おれはそのかわりにお前のそばにいて、最期を見守らねばならない。それが決まりだ」  青年は興味なさげに髪を指に巻き付けている。このまま帰りたいのだが……そんな様子だ。 「このままそばにいる? 最後に迎えに来るとかそういうのじゃなくて?」 「そういうのに是非してもらいたいものだがな。おれの関与できない決まりだ」  苦虫を噛みつぶしたかのような顔で、心底嫌そうに青年は口にした。あまりにも不快そうな態度にクムイは恐る恐る質問した。 「わたしのそばは嫌なの?」  青年は鼻を鳴らすと、首を振る。だが、不機嫌な態度を改めるわけでもない。もしかしたら、精霊も呼び出せない吟遊詩人のそばにいるのは、音楽そのものだという青年にとっては、誇りが傷つけられるようなものなのかもしれない。
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