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 そんな理想主義がいるのもよくあることだ。人間でさえそうなのだから、音楽そのものだという精霊ならば、不機嫌になるのも仕方ないだろう。 「とにかく、あなたは目立ちすぎるの。どんなものでもいいわ。外套を作ってもらって」  これから一緒に生活していくのだ。音楽だけで生きていくのは素敵なことだが、大変な苦労をともなうとわかってくれると信じるしかない。余計な口論にならないようにクムイは仕立て屋から出て散歩すると告げた。どうせ測るのにも時間がかかるだろう。それにどんな生地にするかもそばにいたら遠慮が働き好きにできないかもしれない。  エシュとそう離れない範囲の、すぐ近く露店へ向かって歩き出す。外では人々は仕立て屋の中を拝もうと窓辺に詰め掛けていた。その様子を見ると、自分が音楽の精霊を呼び出したのだという実感がわいてくる。  ――呼び出したのよね、精霊をわたしの力で。  それは奇妙な感覚だった。今まで歌ってきたものが実体となしそばにいるのだ。なんとなくまだ夢のようで馴染めない感覚に、ふんわりとした気分になる。楽器ではなく、音楽そのものだという彼とこのまま死ぬまで生活をする。精霊のいる楽団に所属していたこともあるが、それとは違う。言葉では言いあらわせぬものだった。  露店を流していき、季節ものの橙の色をした果物を買う。それにかじりつこうとしていると、人混みをかき分け、やってくる者がいた。 「クムイ! クムイよね、ああ、嬉しいわ、大会前に会えるなんて!」  やってきたのは仕立てのよい流行りの服を纏う、金色の髪の毛が豊かな少女だ。思わずそのまま口にしようとしていた果物を背中に隠して、クムイも声をあげる。 「マリー! マリーじゃないの、どうしたのここで」  マリーとは同じ楽団に所属したこともある『詠唱(えいしょう)の花姫』と呼ばれる娘だ。シャラントット伯爵の娘で、今回の星降祭にも参加予定のある、いわば対戦相手となるものだ。マリーは付き人に人を押しやらせながら、クムイに走り寄ってくる。 「ああ、わたくし、あなたにどれほど会いたかったか。あなたを心配してたのよ。このあたりで楽団が襲われたと聞いたわ。そうしたらあなたも被害にあったと耳にしたから。探していたのよ」  対戦相手だというのも憚らずマリーはクムイに抱き着いてくる。クムイも抱き着き、マリーの頬にすり寄る。  マリーは同じ楽団に所属していた時期、声質が双子のように似ていると二人で歌うことの多かった仲だ。喧嘩もしたし、ともに泣いた、それ以上にともに笑った。マリーの豊かな髪には同じ花姫と呼ばれる由来にもなった、かなり繊細な花の髪飾りがある。もちろんそれはクムイのもののように古臭くはないが、こうした小物まで偶然にもなんでも被っている。 「それにしても、あなたはやっぱりどこにいても目立つのね。ここに精霊を連れてる女の子がいるって耳にしたら、六弦の花姫だっていうんですもの。あなた、精霊を呼び出したのかしら?」
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