十字路の精霊の楽器

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 空は夜の帳を下ろしていた。土を踏み固めただけの道は黒の蔭で覆われている。簡素な木造の家々は闇にさらなる影を落とし、草を真暗色に染めあげていた。道のところどころに立つ篝火は明るい火を灯しているが、むしろ濃影を作りだし夜を強く印象づける。  夜は魔物が棲むと信じられていた時代――人々が夜闇を恐れるのも無理はなかった。太陽が姿を隠し空は新月ともなれば、一寸先も見えなくなる。「何があるかわからない」、それは人々の恐怖を煽るには充分だった。目でものを視る絶対的な安心感を、夜はいとも簡単に奪っていく。  麦畑に囲まれたこの小さな村も、夜に外出するものはほぼいなかった。農夫たちの朝が早いこともあるが、夜という恐怖に打ち勝てる文明が発達していないからである。  だから空が暗くなれば早々と眠りに落ちていた。  普段ならばそうであった。  だが今夜は星が降り(・・・・・・・・・)花咲く(・・・)。  何かに導かれるように茂みの中から山猫が顔を出した。山猫は耳を立てて小道を睨みつける。その小道の向こう側、村の広場から、光の粒がふたつ、流れてきた。光の粒はちらちらと青く瞬き、箒のような尾を引きながら、静かに空中を漂っている。  あれはなんだろうと、山猫は跳びあがって光の粒のひとつを引っ掻いた。すると、光の粒は水滴が崩れるようにぱしゃんと空気に溶け、どういうことか琴の音を響かせた。  空耳かと山猫は思った。ここに琴などないし、人間の気配もしなかったからだ。しかし、もうひとつの光の粒を引っ掻くと、またぱしゃんと溶けて、琴の音色を響かせるのだ。  山猫は驚くよりも興味を引かれた。四本足を伸ばして、光の粒の流れてくる先、広場へ向けて小道をまっすぐ駆け抜ける。広場に近づくたびに、光の粒はみっつ、よっつと数を増やしていく。それはぶつかりあい、細かく砕けながら、ぼんやりとした靄のようなものを作りだす。靄は風に揺られ、春の川のように煌めきながら、旋律を奏でる。  広場まで辿り着くと、山猫は丸々とした瞳を細くして、ぽかんとした。  なんと、首を伸ばしても届かないはずの星たちが、すぐ目の前にあったのだ。  山猫が広場の中央へ歩み寄ると、視界が明るくなり、色とりどりの硝子の欠けらを散らしたような、または王族への刺繍を編むための糸で職人たちが繊細に織った布を広げたような世界が、別世界がそこにあった。  きゅっとしなりながら琴が拍子を刻む。その音が光とともに反響する。  山猫は目をぱちぱちとさせて、星の煌めく様子を眺めていた。  だから、その星の光がどこから発されているのか気づくまでに、しばらく間があった。  星にばかり心を奪われて目に入ることがなかったが、広場には村中の人間が集まっている。村人はこの小さな侵入者に気づいた様子はない。山猫と同じように、星に、いや、その光の生まれる先に心を囚われてしまっている。
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