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雑踏の中、クムイは一人呟いた。
「本当、わたしがいてはお母さまに叱られちゃうわ」
・
夜。
外套は明日にできるようだ。今頃仕立て屋は夜なべをして、エシュのために最高のものをと作っているのかもしれない。
そのため今夜はグラジニオスで一泊することになった。
クムイは金を持っているというのは確かなのだろう。エシュと当たり前のように別室をとると、お互いの部屋の前で別れた。エシュは寝付けずに何度か態勢を変えて寝台の上を転がる。
眠りにつけない理由はわからない。元々人間が嫌いではあるが、クムイが好まざる吟遊詩人だっただからかもしれないし、違うのかもしれない。
そうしていると、扉の隙間から小さな灯りが零れていることがわかった。これは蝋燭などの光ではない。訝しげにエシュは起き上がり、扉を開く。ちょうど、向かい側のクムイの部屋から灯りが発生している。とんとんと扉を叩くが返事はない。エシュは迷ったが、その扉を開く。
そこには、幻想的な光景があった。
六弦琴を弾くクムイを中心として鮮やかな花が置かれている。それを囲むようにまた静かな花が置かれていた。光り輝く小さな空間がクムイを中心に丸くある。しかしそれは宿の眠りを邪魔するようなものではない。灯りは静かな花の前にすぅっと吸い込まれるように消えているのだ。
――これはいったい?
クムイは六弦琴を弾いているが、その音はまったくエシュの前には届かない。どういうわけか音は完璧に消えている。遠い世界で起こっている音楽会のようだった。
クムイはふと顔をあげてエシュに気づくと、六弦琴を置いて何かを言った。エシュにはその声も届かず、クムイに近づく。静かな花を通り抜けると「起こしちゃった?」とクムイの声がようやく耳に聞こえてきた。
「これはいったい、なんなんだ?」
「知らない? 五十年くらい前に作られたんだけど、音響植物よ」
「音響、植物?」
エシュが植物たちを見ると、クムイはすぐ近くの鮮やかな花を指さして説明をする。
「これは、わたしの声を大きく響かせるためにあるの。大きなハコでやる時とか、あんまりにも遠いと微かにしか、わたしの声が届かないでしょう? よく聞いて、わたしの声だけは響いてるでしょう」
確かにクムイの声だけが大きく響いて聞こえる。
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