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柔らかな六弦琴の音が小さな空間に閉じ込められる。長い睫毛を伏せてクムイはひとつひとつを夢のような光に変えていく。温かな木漏れ日が風に揺れては消えていく。そんなグラジニオスの古い古い音色。新しい音に紛れて久しく聴くことはなかった、懐かしい曲……。
だからか、エシュはクムイが歌いだすと拍子抜けした気持ちになった。
鼻にかかり、頭から伸びていくような高い声。呼びだされた時とは違う、六弦の花姫と呼ばれるクムイの歌声。それはひどく味気なかった。作られたような、人工的な歌声が割れた硝子のように神経に絡み付くのだが、エシュは首を傾げた。細く透き通り、確かに上手い。だが琴とは違う。なんでこんなものが自分を呼び寄せたのだろう。
――甘い、胸を突くようなあの感覚はなんだったのだろう。
そこで、エシュは違いに気づいた。あの時、高い頭から伸びゆくような声ではなかった。クムイは、おそらく地声で歌ってはいない。
「待て」
「え?」
エシュの制止に不思議そうにクムイは声をあげた。すぐ不安げな眼差しでエシュを見る。何か間違いはないかそのような顔つきをしてる。
「お前は誰にそのような歌い方を習った。鼻から頭へ出せと教えられたようだな」
「え、ええ。最初に拾われた楽団で……何か、おかしい?」
エシュは首を傾げる。何故、そのように教えたのだろうか。こんなのではクムイのクムイらしさを出すことはできない。
クムイらしさを出すには……。
「胸で歌ってみろ、自分の声で」
「え?」
また声をあげると、クムイは俯いてしまう。六弦琴を気持ち抱きしめて、足先で床をなぞる。
「どうした?」
何かを振り払うように、首を振るとクムイはにっこりと笑顔を見せる。無理をしたような笑みだとは見てとれた。自分の声で歌うのが、なんだというのだろうか。
エシュは何も言わずクムイを見る。
「なんでもないわ。胸で……自分の声で歌うのね」
六弦琴を抱え直すと、最初から奏で始めた。前奏が終わり歌に入る。甘い、子供の涙声を思い出される幼い、だが慈愛に満ちた母のような温度のある声色。そうだ。このひとりぼっちでいると感じさせる、だが大きく包み込まれる音に呼ばれたのだ。
――この音色だ。
甘美な愛撫のような声に身震いする。
クムイの歌声は暗闇を薄く照らす月の下にいるように聞こえる。いや月自体がクムイなのかもしれない。そんなことをエシュが考えていると、不意に歌声はやんだ。まだ歌は終わっていない。途中だ。
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