十字路の精霊の楽器

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 村人が注目する先を見て、山猫は息を呑んだ。  優雅に花開く鉢植えが円を作る、その中で。  薄紅にも見える白金色の短い髪をさらりと揺らす。  可愛らしい、少女がいた。  六弦琴(ろくげんごと)と呼ばれる楽器を縦にして膝で挟み、長く伸ばした爪と指の腹を使い、一弦一弦大切に奏でている。その音は山猫に、降り続く小雨と木々の隙間から落ちていく雨垂れを思い出させた。  折れて曲り、永遠に続いていくかのような和音。  硝子でできた鐘を割れるか割れないか瀬戸際の強さで鳴らしたような、少女の透きとおる声。  ――吟遊詩人だ。  山猫は理解した。六弦琴を操り、綺麗な鳴き声を発する人間をそう呼ぶと聞いたことがある。  広場で行われているのは、山猫をも魅了する吟遊詩人の音楽会。  琴の音と声に合わせて、少女を囲む植物がふわりと光を生みだした。  光は植物の花粉だ。少女が歌うたびに、琴を弾くたびに、ふるふると震えて瞬き、その音を美しく反響させる。光がぶつかりあい、虹のように眩く煌めいたかと思うと、少女に共鳴し、優しく優しく、地上に溶けていった。  地上に星雲が落ちてきたと言われれば頷いてしまうほど、幻想的な光景。  木漏れ日がまっすぐに光の梯子を作るように、音が静かに暗闇を照らしだす。最低音である六弦の拍子に、足早な最高音の一弦が絡み合う。音符が形になり周囲に広まっていく。  ふと少女は顔を上げると、山猫に目をやり、小さな客を歓迎して微笑んだ。刺繍で作られた優雅な花の髪飾りが光に重なり、照れ臭そうな口元から白い小粒の歯が覗いた。つい山猫は喉を鳴らしてしまう。暖かな昼下がり、恋猫に背中を舐められている時の感触に似た笑みだったからだ。少女は人間ではなく、妖精か何かのようだと、山猫は思った。  誰かが「これがクムイ……六弦の花姫の星降りの花園か」と、感嘆のため息を零した。  この光を生みだす植物は音響(おんきょう)植物と呼ばれているものだ。ただの植物とは違い、音に反応し七色に輝く花粉をまき散らす。その花粉には音を大音響に変える力があり、音を扱うものたちの必須の植物であった。しかし誰でもどこでも、星空を降らすような情景を作りだせるわけではない。美しい音ほど、美しく輝く習性があるからだ。  それゆえ美しき情景を生みだす音楽家の音楽会は、『星降りの花園』と呼ばれている。  人々は音楽を、こう評していた。 「この世界で最も神に近づける行為は何か。その答えはひどく難しいものだ。新しい発見をもたらす学問か、肉体の限界に挑む競技か、それとも他人を別の世界に誘う芸術か。どれかはまだわからない。だが、この世で最も人ならざるものに近い表現は何か、答えることはできる。それは音楽だ。音楽の世界にいるものは、旋律を操り、光を生む」
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