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「ごめんください」
息を荒らしながら、この村の隅にある楽器店へ入り込むものがいた。クムイだ。縋りつくような目をして、帳場へしがみつくと、もう一度「ごめんください」と声をあげる。子供たちに見せた笑顔や、昨日演奏会をしたような時の余裕はなく、必死で切実だ。荒い息がそれを引き立てるように、ぜえぜえと響く。
そうしていると中から、ゆっくりと白髭を生やした老人がやってきた。先ほど子供たちに渡したのとは違う、軍船と呼ばれる大きな六弦琴を帳場の上に置いた。糸巻が外れ、胴にある音を反響させる穴からヒビが入っている。老人は何も言わず、死を告げる医師のように首を振る。クムイはそれでもというように、帳場に身を乗り出した。
「この国一番の楽器作りの腕を持つ、チャックノリスさま。どうかお助けください」
クムイがそう駆け込んだのは昨日だった。壊れた六弦琴の修理を依頼したのだ。
「お嬢さん。これはもう駄目だ。糸巻をつければ、胴の板を付け替えればという問題じゃない。この六弦琴は壊れてしまった」
チャックノリスはそう言い、もう一度首を振る。
「誰もこれを直すことはできない。この世の、どの楽器屋も無理だろうね。残念だけど、諦めるしかないようだ」
「わたしは星降祭にどうしてもこの六弦琴で出たいのです。これじゃなくちゃダメなんです」
クムイはそれでもという風にチャックノリスに食いつく。だがチャックノリスは首を横に振るばかりだ。
「星降祭か。確かに……お嬢さんの持つ楽器のどれよりも高価なもののようだ。よく手入れされていた跡もある。古いものだね、思い入れもあるのだろう。しかし……」
「この楽器は死んでいるわ。死んでいるものを生き返らせることはできない」
チャックノリスの言葉を受け取るように、少女が現れた。クムイより幾分か幼い……だが、恐ろしいほど白い肌と美しい顔をしている。少女の紫色の瞳に見つめられ、クムイは一歩下がった。負い目のような、何ともいえない思いが出てしまう。
少女は精霊とも化身ともいわれるものだからだ。
この世界には人間や獣の他に、精霊と呼ばれるものがいる。表現の中から生み出される、人ならざるものだ。音楽家ならば音楽や楽器への思いが楽器に宿り、それが変化して精霊となる。音楽が最も人ならざるものに近いと言われているのは、絵画や彫刻などよりも最も多く精霊を生み出すからでもある。珍しいものではないが、数が少ないので一般人なら見たことがないものが多い。
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