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 精霊は人とは違う、精霊色と呼ばれる紫色の瞳をしている。そして、何よりも美しい。  負い目を感じてしまうのは、吟遊詩人としてクムイは精霊を生み出したことはない。そして、楽器そのものが口を聞き、同じく感情を交わせるのは、クムイはなんとも言えない複雑な感情を持ってしまう。  精霊の少女は気の毒そうに「何度も呼びかけたわ、でも」と続けた。 「でも、この楽器からは返事はなかった。反応も何も。もう、生きていないのよ」  クムイは精霊に言われ、腰をぺたんと落としてしまう。楽器の精霊は楽器ならば言葉を交わせるという。それでも反応しないと言うのならば……。 「お父さまがくれた、ただひとつの楽器だったのに……」  クムイは誰ともなしに呟いた。チャックノリスが少し驚いたような顔をする。 「六弦の花姫は孤児だと聞いていたが……いや、悪いことを言った」  星降祭に選ばれる者はだいたいが貴族の娘が多い。宮廷の繋がりもある、何より彼女たちは絶対的な後ろ盾があるのだ。孤児で選ばれたクムイは異例といってよかった。それを思い出したのだろう。  クムイは首を振り、俯いた。楽器が直らないという衝撃で、耳にしたことにただ反応しただけだった。 「孤児です。お母さまと二人きりになる前、お父さまがくれたのです。お母さまも、病で亡くなりました。その楽器を大切にしてと、生きるすべを与えてくれる……そう残して」 「それほどのものを……これは野盗か何かかね」  クムイは頷いた。クムイを星降祭まで連れて行くといった気のいい楽団がいた。団長が精霊持ちだった。このあたりはまだ野盗が少ないと聞き、のんびりと行幸していたのだ。  精霊はその見た目の美しさと、そばにいると幸運を呼ぶと言われ、高く売れる。だから狙われる楽団は多い。 「はい。わたしを連れてくれた楽団がいたのです。でも戦闘で楽団は少し傷を負ったので、途中で別れましたが」  野盗に襲われ、クムイたちは精霊と団長を守るために必死に戦った。精霊は呼び出したものが近くにいないとすぐに死んでしまう。元々狙われやすいのが楽団だ。野盗ごときに負けるわけにはいかない。そうしたら楽団は襲撃しやすいと思われる。領主の力なぞに頼っていられない。だからみな剣や弓の扱いを楽器と同じように習っていた。自力救済こそ、世の常だ。  野盗はこれでは精霊を持ち去るのは無理だと悟ったのか、楽器を壊すことで鬱憤を晴らすことに決めたようだ。その時、最初に狙われたのがクムイの楽器だった。  クムイはその時を思い出し、身震いするように体を抱く。速射のため短い弓を引き、野盗の目を射抜いた感触はまだ残っている。これでやったと思ったが、なかなかに諦めない連中だった。腕を、足を切り裂いても立ち上がってくる。仲間の一人や二人殺されれば、もう得るものはないと諦めるのが野盗だが、それ以上に得るものがあると言わんばかりに。
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