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 大切な楽器を守れず、こうしている。演奏者失格だ。勇んで出てきたものの、精霊も呼び出せない演奏者が音楽の精霊など呼び出せるのであろうか? 胸の内に仕舞い込んでいた劣等感が溢れかえる。  ――誰も自分を見てはくれない、どうせ、本当の自分などいらない。  不安が胸を押しつぶし、クムイはとうとう六弦琴を叩きながら、泣いて歌った。  ――どうせこんな声では……どうせ自分なんかは……。  クムイには決定的な不安があった。どうせいつかは捨てられてしまうという不安だ。音楽は流れるかのように流行がある。頂点に登ったとしてもいつかは飽きられてしまう。刹那の中に生きている。そういったものから、本質的なものまで。  そんな時だった。  ぶわぁっと風が舞い上がった。クムイは眼を閉じて顔を覆う。砂が数粒腕に振りつけてくる。激しい一陣の風。それがおさまると、先ほどよりもずっと冷たく、しんとした、不可思議な静寂があった。腕をほどくと、はっと空を見上げる。月明かりがなくなっている。しかし、おかしなことに暗くなかった。水色の帳をかけたように、光に満ちているからだ。  クムイがふいに顔を下げると、そこには背の高い青年が立っていた。闇夜に似た黒い上衣に艶めく長い黒い髪。肌が輝くような白色をしている。そしてクムイを見つめるのは、紫の濃い瞳だった。鼻筋は通り、切長で少し下がった目。彫刻家が人生をかけて掘り出したように整っている。背筋が凍るほど美しい顔。  青年は一度、ゆっくりと目を閉じた。俯きがちになり、ふぅと息を零す。その吐息も七色に光って、空気に溶け込むようだった。  クムイはぼうっと魅入ってすべてを忘れた。自分が何故ここにいるのか。泣いて歌ったこともすべてを呑み込む美しさだった。  青年はクムイに歩みよると六弦琴をするりと受け取り、さあぁっと首から胴を撫でて口付けた。そうすると魔法のように糸巻が装着され、ヒビも消えてしまう。革帯をつけ、つぅんと音を鳴らすと、調律をして、ぽろんと音を奏でた。  一弦の悲しい響きが流れ始める。これは……練習曲と呼ばれる、吟遊詩人なら必ず通る音楽だ。クムイはその音にただ身を任せた。目を閉じれば優しい父親の顔が浮かんでくる。  ――クロエは琴がうまいな……。  まだ星降祭なんてものもなかった時代だった。琴を弾けば父親は喜び、隣で母親が微笑んでいた。歌えば自由で、なんにも悲しみも不安もなかった頃。  小さくても広いお屋敷。不自由ない世界。優しい父親と母親。小鳥の鳴く庭。  ――可愛いクロエ、琴がそんなに好きならばそれはお前にあげよう。いつまでも隣で歌っておくれ……。  そう父親から六弦琴を手渡された。遠く手を伸ばしても届かない、悲しい記憶。
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