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灯りを消した部屋の天井を見つめながら、シロが見ていた風景を想像してみた。
格納庫の裏手に家はない。
ただ切り立った山の斜面が道を挟んで見えるだけだ。
風が強い日には土埃を立てるだけの殺風景な風景が広がるだけだった。
シロの視界からは山の緑は見えない。
住宅地を抜ければ、田んぼに囲まれた静かな地方都市で、シロの見ていた世界はあまりにも狭く、小さい。
雨が降れば草木の薫りを小さな鼻で感じ、陽が差せば蝉時雨にフカフカの耳を立てて聞き入ったことだろう。
シロの寿命が尽きる、その日まで……。
平和だが退屈な1日をずっと何度も繰り返しながら。
そこまで考えて、私はハッと気が付いた。
そんな代わり映えのしないシロの日常に、突然現れたのが私だったんだ!
『おどおどした変な人間。話しかけるだけで、美味しい物もくれないし、撫でてもくれない。でもイヤなこともしないニコニコした不思議な人間だよ。面白いなあ。また来るかな?』
シロはきっと、私のことをそんな風に考えて、いつも自分の目の前を通るのを、犬小屋から出て立ち上がって待っててくれたていたんだ!!
「いつも待っててくれた……?あたしを……?1日中……?」
シロのその時の気持ちを思うと、不意に涙がこぼれそうになった。
私は慌ててベッドの中で寝返りを打つ。
その視界に網戸に映る、木々の枝葉の影が見えた。
夜の湿った夏草の匂いが、夜風に乗って部屋に入って来る。
草の匂いを嗅ぐと、なぜか春のあの日を思い出す。
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