潮味のミルクティー

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 あのこになりたい。誰もが一度は持つ感情と、私はばったり出会ってしまった。これは私の、爽やかな――の物語である。 「海?」  答えの代わりに凪優(なゆ)はハンバーガーにかぶりつく。春限定だというそれは通常メニューよりも丁寧にバンズが焼かれている様に見えた。 「よく学校帰りに寄り道してたんだあ」  彼女は海を見て育ったという。騒がしい店内に埋もれない程度の大きさで、いいね、と頷きながら私はクーポン券を駆使したジャンクなランチセットのポテトを一本つまむ。 「そういえば派遣バイトの登録うまくいったよ」 「ん、おめでとお。さあちゃんはえらいねえ」  唇にケチャップを携えた彼女はにっこりと褒めてくれた。バイトしたことないんだ、出会ってすぐに凪優(なゆ)から聞いたことがある。 「いいんだよ、必要なければ働かなくても。ほら」  紙ナプキンを渡してケチャップの場所を指で示すと、今度はにへっと笑った。たっぷり入った具とソースが凪優(なゆ)のこぶりな両手からまるで現代アートのように飛び出している。 「なあちゃんみたいにのんびりできるならそれに越したことはないよ」  急遽、就活から院試に滑り込んだ私とは違い、凪優は初めから進学だった。後半は嫌味だったか。はたと気付いて顔をあげると、現代アートにきれいな歯型をつけた不思議ちゃんと目が合う。 ふふ、息を漏らして彼女は目を細めた。つられて私も口角をあげる。 そういうところだよ、凪優(なゆ)。 「あ、私アレ飲みたくなった。このあと行こう」  まだセットの飲み物も半分以上残っているのに。「クーポンの意味がないじゃない」という言葉が舌に引っ掛かり、薄っぺらいバーガーと一緒に飲み込む。いいよ、そう頷くと凪優はにいっと満足そうに頬を持ち上げた。
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