消えた雨

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消えた雨

 覚えているのは、その人が私を傘に入れてくれなかったことだ。  建物から出ると、突然雨が降り出した。 屋根のある位置で立ち止まったものの、中に戻って傘を持ってる誰かを探しに行くとか、雨が止むのを待つという発想は一切なかった。 ただ、そうしなければいけないみたいに、一応立ち止まっただけだ。  すると、バサッと傘を開く音が聞こえる。 何気なく音の方を見ると、その人は私を見ていた。 黒い傘の下で何も言わず、そうしなければいけないみたいに、私たちは視線を合わせる。 もちろん、言葉を交わすことはない。  雨が激しく降っていても、静かな世界だった。 見つめ合ったのが、どれくらいの時間だったのかは全く覚えていない。 その人が先に目を逸らし、雨の中に消えていく。 私はただ、その後ろ姿とその人らしい歩き方を眺めていた。  風のせいか、私の服は少し濡れている。 その人のせいか、私の目には涙が浮かんでいた。 その人が見えなくなると、私も歩き出そうとする。  そして、ようやく一歩踏み出した時に気付いた。 雨が止んでいる。 濡れていたはずの服が、乾いている。 私はその人の顔を思い出せない。 地面も全く濡れていなくて、私の頬に涙の跡の感覚が残っているだけだった。  確かに覚えているのは、その人が私を傘に入れてくれなかったことだけだ。
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