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秋の風に吹かれて、すすきが重たげに穂を垂らしながら揺れている。
陽の光を浴びた金色の光景を懐かしそうに見つめながら、泰時は今は亡き人のことを思い出していた。
和田との戦で、時の将軍実朝の心を慰めようと、泰時の他、北条時房、三浦義村、結城朝光、内藤知親など歌道に通じた家臣達が供をして、秋の草花を見に氷取沢に散策へ出かけた時のことであった。
「御台にも見せてあげたいなあ」
そう呟きながら、実朝は、歌を口ずさんだ。
秋風になびくすすきの穂には出でず心乱れてものを思ふかな
秋風になびくすすきの穂はやがて人目につくほど伸びていく。自分の思いはそのように表には出ないけれども、心乱れて物思いにふけっていることだ。
泰時は、年下の将軍をからかうように言葉を返した。
「なにをおっしゃることやら。仲の良いご夫婦であられるのですから、御所様の御台様への思いはすでに人目に出ているではありませんか。ここは、露深く忍びしものをしのすすき穂に出でにける我が思ひかな、深く隠していたつもりでもすすきの穂のように思いが出てしまった、そんなところではありませんか」
「これは一本取られたな」
実朝は、泰時の答えにはにかむような笑みを見せた。
多情だった父や兄とは異なり、実朝は生涯御台所だけを一途に愛した。
仲睦まじい将軍夫妻の姿を多くの者達が微笑ましく見守っていた。
御台所だけに向けられる実朝の純情。
その姿が泰時にはあまりにもまぶしく、そして切なかった。
深く忍ぶつもりだったけれど、表には出していたつもりだったのですよ、私は。
あなた様は、最後まで私の思いにはお気づきにはなられませんでしたけれど。
誰よりも、お慕いし、愛おしく思っておりました、右大臣様……。
金色の穂を揺らしながら秋風がそっと泰時の頬を優しく撫でた。
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