第15話 ゴブリンと共に

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第15話 ゴブリンと共に

 跡地からかなり離れた草原の岩場で休憩をとっていた。 「弓」 「光太郎」 「「うえ〜ん」」 「ヒック、ヒック。どうして光太郎が泣くの」 「ごめん。僕が弓を手放さなければこんな事にならなかった。本当にごめん」 「光太郎」  僕達は暫く抱き合った。  日が傾き始めていた。 「静かだな」 「うん」  僕は弓の肩を優しく抱きしめ問う。 「どうして奴らに囚われた」 「ごめん。あたしが悪いんだよ。光太郎の事が心配になって気が抜けたら地下通路に転送したいた」  弓の目からは大粒の涙が溢れた。 「それから」 「そうしたらゴブリンに捕まってオモチャにされそうになったとき笛が鳴って」 「笛が鳴る?」 「そうしたらゴブリンロードが現れて、あたし…縛られて引きずられた」 「引きずられた?」 「うん。手を縛られて引きずられて光太郎のところまで来たの」    僕の内なる炎がマグマの様に煮えたぎった。 「光太郎、それだけだから。貴方が思う様なことはされてないから」  僕は暫く目を閉じて心を落ち着かせようとした。目を開け弓の目を見つめ偽りがない事を悟った。 「わかった。アジトに戻ろう」 「でも、アジトもゴブリンの手に落ちていたらどうするの?」 「皆殺しだ」  弓のスキルでアジトに転送するとゴブリンが既にいた。 「弓、防御壁はどれくらい作れる?」 「五枚くらいなら」 「わかった。すぐに展開してくれ。僕の側を離れないでほしい」  弓を庇う様に入り口から中を覗くと別室の前に二匹、待機部屋の中にもいるだろうドアが開いていた。  弓は壁を背に僕は彼女を庇う様にしてゆっくり進み、待機部屋の近くまで来ると鞘から大剣を抜き一気にゴブリンを切り倒した。  別室のノブを回したがドアは開かなかった。 「弓、鍵を持っているか?」 「はい」  弓がitem boxから鍵を取り出し、彼女に鍵を開けてもらった。僕はノブを回しドアを少し開けると中に人が寄り添っていた。  ドアを背にし廊下を警戒している弓に伝えた。 「中に人がいる」 「入りますか?」 「一気に入ろう。入ったらドアを閉めて鍵をかけてほしい」 「大丈夫ですか?」 「行けると思う。いつでも鬼神化できる様に準備して置く」 「分かりました」 「一斉のせ」  僕は一気にドアを開けて鬼神化した。ドアの横から長剣が降り下ろされたが片手で受け止め、剣を振った相手の腹を軽く殴った。  もう二発来たが全て受け止めて彼らを睨んだ。 「弓ドアを閉めて鍵をかけてくれ」 「もう鍵も閉めたわ」 「ありがとう」 「おい、南か?」  寄り添っていた人の中から声が上がった。弓は僕の影から顔を出すと、 「魔法使い」とか「弓ちゃん」とか言われ弓は僕の影から飛び出しその輪の中に入って行った。剣を振っていた人が剣を鞘に収めると僕は鬼神化を解除した。  この中に見知った人がいた。 「河本さん、なぜまたこの世界に。彼女まで連れて来たんですか?」 「おい、落ち着けよ。俺達だって好きで来たわけじゃない。あれからリセットもしたし、怪しいバージョンには上げていない。普通にプレイしていただけだ」 「うん。あたしも章君に教えて貰いながらやり直したんだから」 「そうでしたか。すみません」 「南が謝る事じゃない」  僕は周りを見て言う。 「現世の情報を教えて下さい」  答えたのは河本さんだ。 「外の世界は大混乱だ。浅海さんが生放送でこの世界の状況を伝え、注意を呼び掛けた後、彼女は行方不明になり、企業は躍起になって情報収集と対策を練っている。プレイヤーは面白半分でパーティを組み無事帰還できるかを競い合っている」 「なんてバカな事を」  僕は怒りよりも悲しみを覚えた。 「弓、お願いがある」 「うん」 「この人達を連れて現世に戻ってほしい。暫くの間は現世でできる事をやっていてほしい」 「いや!」 「弓」 「一緒に帰ろう」 「今はできない。ゴブリンとの約束を果たしてからだ」 「そんなこと言ってたらいつまで経っても帰れないじゃない!」 「弓、わかってくれ。俺だって帰りたい。帰って弓と一緒に高校生活を楽しみたい。でも…」 「でも?あたしのお腹には貴方とあたしの子供がいるのよ。少しはあたしの事を考えてよ!」     弓は泣き出した。  周りの子が抱きしめてくれて入るが、彼らは僕と弓を交互に見ている。その内の一人がぽつりと言った。 「鬼神の子」  その場がざわめき弓は別室がから出て行った。僕は彼女を追いかけて後ろから抱きしめた。 「弓ごめん。でも約束は約束だ。弓達を無事帰還させてからにしたい。迷宮を突破したらここに戻ってくる。一ヶ月時間をくれないか」  弓は泣き止む様子はない。  僕は弓を連れ別室に戻ると彼らに言った。 「暫く弓と二人きりにしてもらえないか。頼む」  彼らに頭を下げた。  河本さんがみんなを説得してくれて、弓と二人きりで別室にいる。 「弓」  彼女の目は赤く少し腫れている。ぼんやりしていて心ここにあらずの状態だ。 「弓、僕は弓が好きだ。誰にも渡したくない。無事迷宮を突破できたら現世に戻る。そうしたら弓が通学している学校に転入して、高校生活を楽しもう」  弓に笑顔が戻った。 「うちの学校女子高だよ」 「それなら女装して通うよ」 「あみちゃんみたいに?」 「えっ、ゲーム見たのか?」  僕は恥ずかしくてあたふたしている。 「ふふふ。passcodeがかかっていたから中身は見てないけどuser nameが「あみ」だったから鎌をかけてみたの」 「そうか。良かったぁ」 「何が良かったの?」 「いやぁ、まいったな」 「光太郎、約束して。必ず現世に戻ってくると。あたし達と違って貴方は戻る意思が強くないと戻れない。現世の光太郎が目覚めないと戻れないの。帰りたいと強く念じてほしい。お願い」 「わかった」  僕達は激しく燃えた。  余韻に浸っていると。 「コンコン」 ノックがした。 「今行きます」  僕が先に別室を出ていくと、河本さんが部屋の前で待っていた。 「ゴブリンロードが来たぜ」 「約束はまだのはずだ」  僕と弓はアジトの外に出て、ゴブリンロードと対峙した。 「約束時間より早いが」 「オーガ様また姫様、ご無礼は承知しています。城の最上階が荒れています。今すぐ出発を」 「最上階には何がいるんだ?」 「魔王です」  僕も弓も言葉を失った。 『ついに魔王まで出現したか』 「わかった。ただ魔王に僕では勝てない」 「はい。わかっています」  ゴブリンロードが懐から紐がついているビー玉の様な物を取り出しゆらゆら揺らしている。 「それは?」 「魔王石です」 「それで僕に魔王になれと言うのか」 「作用でございます」  僕は弓を見ると目を伏せていた。  本来魔王に対抗で来るのは勇者だ。僕に勇者のスキルはない。この魔王石で勇者に匹敵する力をつけるのだろう。 「光太郎、それを使ったら…」 「だろうな。それでも現世に戻れるのか」   弓は首を横に振った。 「わからない」 「そうか。魔王石をつかったら人間には戻れない。そうしたら誰が僕を倒しに来るんだ?」  弓は首を横に振るだけだ。 「それと」  ゴブリンロードは勿体ぶる様に懐に手を入れている。 「言いたい事があるなら早く言え」 「はい」  ゴブリンロードが懐から出した物は先程と変わらない透明な石だ。 「これは?」 「魔王石の一つで転移する石でございます」 「ほう。何回まで使えるんだ」 「一日一回程度と思って下さい」 「わかった。それではまだ少し時間があるな」 「いいえ、時間はありません」 「彼女達を元の世界に帰す時間はもらえるよな」 「僅かであれば」 「早速取り掛かる。ここで待っててくれ」 「ダメです」  ゴブリンロードが首を横に振る。 「僕は逃げない」 「それでもです」 「一匹だけなら許す」 「私がお共します」  10分後に出発する事になった。彼らは黙々と準備して出発時刻にアジトを出た。  スタート地点までの道のりで僕と弓は手を繋いで歩いた。手紙を手の中に忍ばせバレない様に弓に預けた。  スタート地点に到着すると彼女達は弓を中心にして輪になり転送して行った。 「もう良いかな」 「まだだ、転送に失敗するとここに戻ってくる」  暫くして落ちてくる気配がないため、ゴブリンロードに向かい頷いた。  ゴブリンロードの詠唱と共に城の入り口に降り立った。
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