第7話 家族

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第7話 家族

 あたしは美幸さんと沙知さんを見送った後、夢を連れてLaboに向かった。  夢はあたしの顔に触れ笑っている。 「よち、よち、夢は良い子だねー。笑顔が可愛いよぉ」  涙を流しながら無理に笑顔を作っていた。    Laboのセキュリティを解除して中に入ると工藤が光太郎の整体チェックをしていた。 「社長、ようこそおいで下さいました。社長?」 「ごめんなさい。最近涙脆くて。問題ないわ」  工藤は心配そうな顔をしていたが、会釈をしてベッドの脇にある椅子に座った。  暫く夢と戯れていたあたしだが、夢が疲れて眠ると光太郎のベッドに寝かせ彼の手を握った。 「光太郎」  あたしは再び涙を流して彼の手に額をつけ暫く泣いていた。 「光太郎、美幸さん許してくれるかな」 「あたし、あたし」  やはり涙は止まらない。  ふと、あたしの肩にブランケットを掛けてくれたのは義兄の木城裕也だった。 「兄さん」 「弓ごめん」  あたしは首を傾げる。 「お前と光太郎を引き合わせたのは俺だ。お前の痛みを少しでも和らげて上げたい。しかし」 「ううん。出会ったきっかけはそうかもしれない。でもね。選んだのはあたし。彼を奪ったのもあたし。彼に幼馴染がいたと知った時から計画したのもあたし。兄さんじゃないわ」 「弓」  兄はあたしを優しく抱きしめてくれた。 「気休めではないが、お前と光太郎のスキンシップを有意義にしたいと考えている。まだ話せないが」 「ありがとう。楽しみにしている」 「夕食は取ったのか?」 「まだよ」 「たまには家族で食べるか?」 「そうね。そうしようかしら」  夢を足立に預けて義兄と夕食を取った。  我が社の食堂は超一流のシェフがよりによりを掛けて調理していて美味で有名だ。 「食堂にはお前が来る事を伝えているから美味いものが出るぞ」 「兄さん、特注でなくても美味しいじゃない。普通でいいわ。ちょっとは節約しないと」 「ははは、確かにな」  特注だけあってほっぺが落ちそうなくらい美味しかった。 「この料理だと原価はいくらなの?」 「おい、今はいいだろう」 「ううん。興味本意よ」 「それならいいが、二万円ちょとだろう。急な依頼だからどこまで新鮮かはわからん」 「そっかぁ。要人向けになりそうね」 「そうだな。話が変わるけど、フィールド調査の件だが…」 「うん?」  兄の表情からして断りの相談だろうと考えた。 「お前の武装を強化したい」  義兄の話が、あたしが期待していた話と食い違い聞き直した。 「え?」 「うん?」 「え?」  お互いの思考が噛み合っていない。 「だからお前のアーマーと防御を補正したい。いいか?」 「あ〜、いいよ」    あたしは断りの話で無くてほっとした。が、油断できない。 「通常はトレーニングを積んでいくのだが、時間がない。短期間できることは補正が妥当で、ゲームから直接脳波に送り込むしかなさそうなんだ。副作用は無いとの調査結果が出ている。それは有りか?」 「考えてみる」 「わかった。それとな」  ついに来たとあたしは直感した。 「フィールド調査の同行の話だ。お前は今回限りにしてもらいたい。研究の一環で脳波のシンクロで強く感じたり弱く感じる事ができるとわかってきた。だから、今回の調査でお前の脳波を測り光太郎の脳波とシンクロさせれば位置が特定できるかもしれない。わかるか?」 「うん」  半信半疑だった。  現代の科学でシンクロしやすい脳波の持ち主を数kmの範囲で特定できる可能性が出てきた。義兄が言っているのはそれの応用だろう。  しかしそれは、inputしたデータとの付き合わせで必ずしも特定出来るとは限らず、確率は数%程度だ。人間の脳が感じるシンクロとは違う。相性であったり直感がその例だ。 「兄さんの言いたい事はわかった。回答は調査後でもいい?次のフィールド調査まで時間があるんでしょう?」 「わかった。検討してくれ。それとなもうひとつある」 「どんな話?」 「もしもの話だ。もしもお前がフィールドに出動していた時に危険生物と出くわした場合、勇者並みの力を持った人材がいて、危険生物を撃退できるが我々を巻き添えにする可能性がある」  あたしは首を傾げる。義兄の言う意味が理解できない。 「だから?」 「現代の科学と我々の戦力で光太郎の意識を探す事も可能と言うわけだ」 「ふぅ〜ん。だから何が言いたいの?」 「お前は光太郎と夢ちゃんと一緒に過ごし、我々の調査結果を待っていてくれれば良い」 「それじゃあ、堂々巡りだわ」  あたしも義兄も一歩も譲らない。硬直状態となった。 「今庄、今野入れ!」 「「はっ!」」  あたしは突然のことにびっくりした。 「「失礼します!」」 「え〜と?」 「紹介する。調査隊隊長の今庄と副隊長の今野だ。挨拶しろ」 「「はっ!」」  男性が前に一歩出て敬礼した。 「自分は今庄淳であります。調査隊の隊長を務めております。我が社のために誠心誠意尽くしております」  男性が一歩下がると、次に女性が一歩前に出て敬礼する。 「自分は今野美希であります。調査隊副隊長を務めております。左に同じ」  彼女は一歩下がった。  あたしは彼らを見まわし義兄に目を向けた。 「彼らがその人材だ」 「えっと、勇者並みのと言う人?」 「そうだ」 「説明してくれる?」 「彼らのスキルを見て貰えばわかる」 「わかった。確認してみる。彼はっと、うん?攻撃と魔法のスキル、彼女は、攻撃と魔法スキル。二人とも他は大したスキルがないけど?」 「おい、可視化しろ」 「「はっ!」」 「どれどれ、えっと、クラッシャーと言うスキルの事?」 「そうだ」 「あらゆる、生物を、破壊する!」 「ああ、発動と同時かはわからない」 「危険なスキルだよね?」 「説明書きの通りだ」  あたしは彼らのスキルが危険と感じ使用許可は出せない。だから。 「貴方達の勤務年数を教えてもらってもいい?」 「「はっ!」」 「えっと、まずその、立ち話は何だから席についてもらえる?それと話し方だけど…普通でいいのよ」 「「はっ!」」  あたしは義兄の顔を見て渋い顔をする。 「だそうだ」  義兄はその一言だ。  彼らが席に着くと 「先程の質問だけど」  今庄さんから話し始めた。 「はい。三年になります」 「私は四年です」 「そう。恋人は?」 「えっと、まだいません。俺は社長を好いています」  彼は顔を赤らめあたしを真っ直ぐ見つめた。 『流石訓練しているだけあって堂々としている』 「私は隊長を好いています」  彼女は彼の横顔を見つめている。それでも彼は動じない。 「わかったわ」  あたしは席を立つと会議室の円卓を周り、彼と彼女の間に立った。かれの耳元でわざと彼女に聞こえるように耳打ちをした。 「あたしと付き合ってくれない。キスしましょう」  彼は驚いた顔をしてあたしの方へ首を曲げると彼女の視線と交差したが、視線を逸らしあたしを見上げた。  彼女はムッとし、彼が立ちあがろうとするのを阻止するため彼の腕を引き寄せた。彼はよろけ彼女の胸に顔を沈める格好になった。 「おい離せ!このブス!」 「ブスって言ったわね」  彼女が彼を押したり引いたりするものだから彼が酔った様になりフラフラしている。  彼女は彼の腕を引き寄せながら立ち上がりあたしと向き合った。 「社長は光太郎様がいらっしゃるじゃないすか。隊長は渡しません。私と結婚するんです!」  あたしに闘志むき出しだった。彼は彼女から離れようと必死だが、なかなか抜けないらしい。足掻いている。  あたしはニッと笑い彼の反対側の腕を掴み引き寄せようとした。 「あたしのでしよ」 「違います。私のです」  終いには押し問答の様になった。  不意にあたしが彼の腕を離すと彼女らはもつれる様に倒れ込み、後数cmくらいの位置に顔があった。 「あたしが彼を奪う前に彼にキスをしたら?」  あたしが小悪魔的な顔で言うと、彼女は目を瞑り彼の唇に彼女の唇を押し当てた。 「あはははは」 「何がおかしいんですか!!」  彼女がむきになるのがおかしかった。 「貴方達の愛を確かめたかったのよ。ごめんね」  あたしは彼女に頭を下げると彼女と彼の手を取り立たせた。 「貴方達結婚しなさいよ。結婚したら引退して後輩の指導をしなさい」  あたしは自分の席に戻り、彼らも席につかせた。彼女は今だにムッとしているが。  あたしは彼らの目を見て言った。 「喧嘩も愛を伝え合うのも意思疎通が出来るからなの。光太郎の様になってしまったら一方通行になってしまうわ。それに後輩の指導も大切な任務よ」  彼は納得のいかない顔をし、彼女は迷っている様だ。 「社長目指令よ」  この一言で茶番劇は幕を閉じた。  彼らは数日後、フィールド調査後引退する事になり、あたしもフィールド調査の後は出撃しない事を約束させられた。
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