第10話 父

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第10話 父

 フィールド調査が開け翌日朝。  あたしは夢とLaboに向かった。最近制服を着るのもLaboに行くのも気が重くなり始めていた。  ベッドサイドの椅子に座り夢を膝の上で抱えて光太郎の顔を見つめている。彼と話すことも無く時間が来ると夢を預け社有車に乗った。  学校が近くなると胃が痛くなった。  校舎内の廊下をトボトボと歩いていると後ろから軽くアタックされた。よろめいたが何とか立ち直り振り向くと美幸さんが腰に手を当てニヤッと笑っていた。 「弓。何辛気臭い顔をしているの。折角の可愛い顔が台無しじゃ無い」 「美幸さん」  あたしはどう対応すべきかまだ回答を出しきれていなくて彼女の顔を見つめているだけだった。 「ねぇ、今日学校サボらない?」  美幸さんの言っている事を理解できずにいると、彼女はあたしの手を取り引っ張るように校舎をかけ抜けた。  美幸さんがあたしを連れて来たのはゲームセンターだった。  中学生の頃、義兄から教えてもらったプログラミングばかりしていた為、友達とほとんど遊んだことも無く、ゲームセンターも来た事はない。  ゲームセンターには色々なゲーム機があった。あたしは美幸さんからお金を借り色々なゲームで遊んだ。  楽しかった。  美幸さんとマリオカートで競争したり、ガンダムやモンハンもやった。  久しぶりに笑った気がした。最後にプリクラで写真を撮りお互いにスマホの裏に貼り付けた。 「どう。楽しかった?」 「うん。楽しかったぁ。美幸さんのおかげかなぁ」  あたしは美幸さんと別れスマホアプリで帰り道を検索して電車とバスを乗り継ぎ自宅に帰った。 「ただいまぁ」 「弓様何をされていたんですか?足立さんが学校に向かいましたよ」  最近雇った家政婦だ。辻由美さんと言い穏やかで気が利く人だ。 「夢様のお世話をしていますから足立さんに連絡をとっていただけませんか?」 「うん。わかった」  辻さんは夢を「よちよち」とあやしている。  あたしは足立に電話を入れた。 「社長どこにいるんですか?今警察に連絡して捜索してもらっているんですよ」  足立に怒られたが少しは心が晴れて来ていて前を向けそうだ。 「今自宅に帰ったから、警察の人に誤っておいて」  あたしは電話を切りタブレット端末で今日の役員会議の資料に目を通した。 「よしっと。夢。パパの所に行くよぉ〜」  元気が出て来た。とめどもなく力が溢れて来た。 『美幸さんのおかげかなぁ』  Laboに入るといつものように工藤医師がやって来てあたしに声をかける。 『父親か』    そう思うが工藤からしてみれば可愛い娘に見えるのだろう。快く対応する事にした。 「帰って来たよぉ。工藤さん、光太郎の様子はどお?」  工藤医師はにっこりし頷いた。  「はい。異常はありません」 「いつも光太郎のチェックをしてくれてありがとう」 「いえ、いえ。これが仕事ですから」  工藤医師は夢に「いないないばぁ」と夢を覗き込むようにしていて、父もこんなふうにするんだろうかとふと思った。 「工藤さん、父にあった方がいいかなぁ」 「はい。喜ぶと思いますよ。お孫さんなんだから」  何だろう。なぜか心が熱くなり目が潤んできた。 「社長?」  工藤医師が心配そうな顔をあたしに向けてくる。 「うん。大丈夫。父の所に行ってくる」  工藤医師はにっこりし頷いていた。  あたしはエレベーターに乗り、27階のボタンを押した。  このビルは29階まであり28階、29階が役員及び取締役の専用フロアになる。それとあたしの自宅もある。取締役室に併設されているのだが。  27階に着くとエレベーターを降りた。27階フロアはエレベーターホールに受付があり、エレベーターから見て右側の3部屋がゲーム事業になる。  あたしは受付で署名し取締役バッヂを受け取り、受付の菅野さんに夢を見せ抱っこして貰ったり、手遊びをしたりして少し遊ぶと「行ってくるねぇ」 と言いゲーム事業開発チームに顔を出した。 「「社長!」」  社員の人達が立ち上がり一斉に礼をする。その中に父がいた。 「遊びに来たよぉ」 「いらっしゃいませ」  開発チーム・制作チームを預けている新井みほチーフが駆けつけた。 「夢ちゃん、よちよち」  彼女も一児の母で育児に慣れている。 「今日はどうされましたか?」 「うん。父に会いに」 「分かりました。お呼びしましょうか」 「うん、お願い。それと会議室は空いてる?」 「はい。今のところは無いかと…確認します」  新井さんは自席に戻り画面を見ながらキーボードを叩いている。すぐに戻って来た。 「午前中は空いています。会議をずらしましょうか?」 「ううん、すぐ終わるから。案内して」 「はい。こちらです」  あたしは彼女の後について行き、『会議室A』のネームプレートが貼り付けられている会議室に案内された。 「お飲み物はいかがしますか?」 「ホットコーヒーでいいわ」  彼女はドリンクスターの前に立ち、カップホルダーにインサートカップ入れ、カップを注ぎ口にセットしブレンドボタンを押した。  彼女はコーヒーが入ったカップホルダーとstick sugarとmilkを会議卓に置いた。 「社長、木城主任をお呼びしますので、その間はお寛ぎ下さい」  暫くすると木城貴教が会議室にやって来た。彼は礼をし中に入った。 「お父さん」  自然と口から漏れた。 「社長、会社で呼ぶべきでは無い」 「わかっています。でもお父さんに会いたかった。木城貴教ではなくお父さんに。夢はハイハイが出来るようになりました。パパ、ママと言えるようにもなりました」  あたしは夢を父が見えるように抱き直した。  父は「よちよち、じーじですよー」と言い夢に話しかける。 「抱いてみる?」  「ああ、父さんに抱かせてくれ」  あたしは父に夢を預けた。 「どれどれ、夢ちゃんはいい子だねー。母さんにそっくりだ。きっと美人になる」  抱っこをして揺らしたり、高い高いをしている。 「なあ、弓」 「なあに」 「母さん元気でやっているのか」 「うん。最近連絡取ってないけど、きっと元気でやっているわ」 「そうか。今度会いに行くか」 「お父さん」  あたしは父の胸に飛び込んだ。 「お父さん、お父さん。あたし、あたし…」  あたしは父の胸の中で泣いた。 「夢ちゃんと弓を抱くなんて…夢みたいだな」 「そろそろ役員会議の時間だろう。行かなくていいのか?準備もあるだろう?」 「はい。資料には目を通したからいつでも行けます」 「弓は頭が良いんだな」 「お父さんの子だから」 「バカ言え。父さんは酒と女に溺れたんだ。ダメな父親だ」 「そんなことはないわ。父親は父親だもの」 「そうか。ありがとう」  会議室をノックする音がした。 「どうぞ」  入って来たのは義兄だった。 「木城主任そろそろ仕事にもどってくれ。弓は時間だぞ。夢ちゃん預かるから行ってこい」 「わかった」  夢を義兄に預け役員会議室に入った。 「今日の議題は…」  今日の役員会議もその後の光太郎ともうまくやれた気がした。
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