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13-2 ダメ……です
案内してくれた仲居の幸代さんが、食事やお布団を敷く時間をどうするか聞いてくれて、私は高原さんに返事をお任せした。
「大浴場のご利用は本日は23時までで、明日は6時からでございます。
こちらのお部屋は、他のお客様のお部屋からも離れていますから、浴室は、24時間ご利用になれます。
明日のご朝食は、1階の朝食会場『富士』で6時半から9時半まで承っております。
この朝食券をお持ちくださいませ。
のちほど、女将がご挨拶に伺います」
幸代さんが、そつなく説明を終えると、高原さんは小さな封筒のようなものを「お世話になります」と言って差し出す。
そういえば、宿泊代っていつ支払うんだろう?
いくらくらいなのかな?
あの封筒がお金?
『チップを渡す』というのを知らなかった私は、高原さんのスマートなやり取りを少しソワソワしながら見ていた。
幸代さんは丁寧にお辞儀して封筒を受けとる。
後で宿泊代がいくらなのか聞こう。
「何かございましたら、フロント9番におかけください。
どうぞ、ごゆっくりお過ごしくださいませ」
昔からこの糸山旅館に勤めていて、父のことも『貴明坊ちゃん』と呼んでいた幸代さん。
実は、父のことや、私のことを、何か聞かれたりするかもしれないと緊張していた。
だけど、幸代さんは私のプライベートなことは全く触れずに、にっこりと手をついて一礼すると、襖を閉めて出ていく。
よかった。何も聞かれなくて。
さすが接客業のプロだ。
ちょっとホッとした私は、高原さんを振り返って『素敵なお部屋ですね』と言おうとすると、後ろからふわっと両腕に包まれた。
えっ?
「愛美さん、ちょっと抱きしめていい?」
「も、も、もう抱きしめられてますけど……?」
声がひっくり返った私を、さらに高原さんがギュッと抱きしめてくる。
「ごめん、愛美さんに触れたくてたまらなかったんだ」
え、えーっと……。
どうしたらいいんだろう?
私は後ろから抱きしめられたまま、硬直してしまった。
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