ネクタイのお礼は夜明けのコーヒー

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一度だけ唇が触れて離れた。 「キスするときは、眼鏡を外さないとね」 「あの、でも、課長は?」 「ん?」 すぐにレンズの向こうでまぶたが閉じられ、私も目をつぶる。 今度重なった唇は深くて、ぬるりと彼が私の中へ侵入してきた。 彼に翻弄され、溺れるのが怖い私はその首へと腕を回して掴まる。 「……」 唇が離れ、見つめあう。 彼は自身が濡らした私の唇を、その親指で拭った。 「ねえ。 美卯を全部、僕のものにしたいんだけど……ダメ、かな」 私の耳元で囁かれた熱い声が、鼓膜を甘く震わせる。 レンズの向こうに見えるのは、妖艶に私を誘惑する黒く濡れた瞳。 その問いに、私は――。 朝、目が覚めたら隣に夜城課長はいなかった。 「……」 ぼーっと起き上がり、手探りで探しだした下着を穿く。 次に、ぼんやりと見えた白いシャツを手に取って羽織ったけれど、どうも自分のものにしては大きい。 「……課長のか」 けれどさらに探すほどの気力はなく、ふたつほどボタンを外して残りを留める。
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