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幸い、容姿には恵まれていた。女性的ではないが、男くさくもない小作りな顔立ちは、年齢性別を問わずうけがいい。
身長は高い方だし、少なくない経験値のおかげで、気のない相手をその気にさせる術も知っている。それゆえ一晩限りの相手を見つけるのは、保科青にとってそれほど難しい事ではなかった。
(――けど、今日の相手は失敗だったな)
今夜はかなり羽目を外したという自覚があった。体に残る心地好い倦怠感。腰から下肢にかけて響く、甘だるい鈍痛。
相手は年上なだけあって、エスコートもベッドでのマナーも文句のつけようがなかった。顔もスタイルもよく、スーツのセンスもいい。おまけに立派すぎる腰の持ちものと、そのテクニックがずば抜けていた。
同じ相手と二度寝る事は主義に反するが、この男とならもう一回くらい寝てもいい。そんな風に思っていたのに、心ゆくまで欲を満たし、うたた寝から目覚めたら、所持金を全て奪われていた。正確にはブランド物の財布ごとなくなっていたのだ。
「腕時計までねえし」
ボーナスを叩いて買ったスイス製のクロノグラフは、まだ半月も使用していない。三十二歳の誕生日に、そろそろ年齢に見合ったものでもと気張って購入した品だっただけに、正直財布を盗られた事よりもショックだった。
だが何よりも、せっかくのいい気分を台なしにされた事に対して、保科は失望していた。
汗やその他の体液で湿ったシーツの上に胡坐をかき、ふうと息を吐く。室内は空調が効いているとはいえ、今は八月の半ばだ。体を密着させて激しく動けば、滴るほどに汗をかく。今すぐ帰宅してゆっくり風呂に浸かりたくても、タクシー代もない。ICカード類が奪われなかったのは、不幸中の幸いだ。
「ったく、ろくでもねえな……」
へまをする度思い出すのは、父が同性愛者である叔父に向けて放った酷薄な言葉だった。
――この疫病神が! お前のような人間が幸せになんかなれるはずがない、相手もお前も必ず不幸になる。絶対にな……!
ヒステリックながなり声が蘇り、保科は固く目を瞑る。
当時保科はまだ十やそこらの子供だった。だけど父の言葉は、ただの傍観者でしかなかった保科の胸をも深く抉った。
それから数年後、保科は自分が叔父と同様に、女性を好きになれない人間だと気づいた。人を幸せにできない自分は恋愛には不向きだろうと、特定の相手を作る事は早々に諦めた。
国内製薬メーカーに勤めて八年。仕事は好きだし、周囲からの評価も上々だ。だけど要領を覚えてしまうと、入社したての頃のような情熱は薄れてしまった。以来保科は不完全燃焼な日常を、肉体の欲望を満たす事で昇華している。時々今日みたいなハズレを引く事はあるが、それもある意味仕方がないと受け入れていた。慣れは人を図太くするのだ。
ただ、既に手元にない時計の支払いがもう間もなくやってくる事を思うと、しみじみと陰鬱な気分になるのだった。
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